---SKD創価学会・顕正会脱会ネットワーク---   

 

創価学会の真実の歴史 --昭和61年(1986)〜平成3年(1991)--

引用表記:(創年)➡『創価学会年表』聖教新聞社  
 昭和61年(1986年)
1986.3.21
聖教社説「彼岸の意義を考える」
「現在では彼岸の時期だから寺院に参詣し墓参りをするというように、完全に慣習化、風習化している。しかも、仏教における彼岸の本義とはかけ離れて、先祖を回向するどころか、反対に苦しめている結果にさえなっているのでる……彼岸の本義を知った私達は、誤った宗教に迷っている人々に、自身も先祖もともに正しく彼岸に至る道を教えていかねばならない。彼岸にあたって、日蓮正宗寺院に参詣し、塔婆を立てて先祖を供養するとともに、広宣流布ヘの一層の精進を決意していきたい」(聖教61・3・21)
1986.4.16
智妙寺落慶入仏式(千葉)
日顕猊下「しかし、このような状況が出来た時に、さらに寺院を建立して末法万年の広宣流布のために御供養するということは、到底、普通の人ではできうるも のではありません。その点、特に法華講総講頭・池田先生ほか創価学会の幹部の方々、また一般会員の方々が、この大聖人様の仏法、そして日蓮正宗をどこまで も護り、広宣流布をしていくこと以外に人類の幸せはないという深い信念においてこのような供養をしてくださっておるということを、私は有り難く存じておる のであります。まことに深い実相の上からの信解があればこそのことと思うのであります。」(聖教61・4・17)
1986.5.11
本部長の集い(神奈川文化会館)
池田「…学会にあっても、幹部でありながら退転し、悪意から妙法の同志を非難した者がいた。御教示に照らし、彼らが敗北の人生を送りゆくことは間違いない……法水写瓶の血脈にのっとった信心でなければ、いかなる御本尊を持つとも無益であり、功徳はないのである。すなわち『信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり』なのである。日蓮正宗を信奉し広布に挺身する創価学会には、『信心の血脈』が脈動している。また組織の中で信心活動に励むところに、『信心の血脈』があると確信する…」(聖教61・5・13)
1986.5.18
学会本部常住御本尊御下付35周年記念勤行会(学会本部)
池田「この学会本部常住の『大法弘通慈折広宣流布大願成就』の御本尊は……総本山大石寺において、御法主日昇上人より、直接、戸田先生に御下付いただいている…… 私が御下付いただいた御守り御本尊も、戸田先生が会長に就任した昭和二十六年五月三日の、日昇上人おしたための御本尊である……日昇上人は第六十四世の猊 座に登られた方で、御歴代の御法主上人は、みな学会を深くご理解くださっていたが、ことのほか学会を愛し、大切にしてくださった。そのお人柄、お振る舞い は、まことに敬い、尊ぶべき猊下であられた…(聖教61・5・19)
1986.5.26
聖教社説「異体同心で新章節の建設へ」
「今日までの学会の勝利と栄光の歴史は、この御本仏の御金言通り、大御本尊を根本に、御法主上人の御指南を仰ぎつつ、歴代会長を中心にした、麗しき『異体同心』の歩みの中につづられてきた」(聖教61・5・26)
1986.6.8
千葉県本部長会(千葉文化会館)
◇聖教文化賞など5賞の合同授賞式
池田「‥宗教にせよ、政治にせよ、民衆を蔑視する指導者は多い。しかし、現代は、もはや民衆を抜きにしては何もできない時代である。政治も経済も教育、文 化等々も、すべて民衆が主役の社会となってきている。民衆を軽んじ、侮蔑していくような指導者は、全くの時代錯誤の存在であると言わざるを得ない‥‥宗教 の権威をかさにきて、表面的にはさも立派そうにみせながら、その実、信者をへいげいしている宗教家も多い。信者をあたかも自分の家来のごとく扱い、何でも 自分のいうことをきくのが「善男善女」だと思っているフシすらうかがえる。これは実に恐ろしいことである。とんでもない錯誤であると言わぎるをえない。私 どもは、そうした姿が宗教本来の在り方からどれほど隔たっているかを、鋭く見破っていかなければならない…」(聖教61・6・10)
1986.6.10
池田、10年ぶりに高尾墓園へ(東京)
「名誉会長は、牧口初代会長、戸田第二代会長はじめ北条第四代会長等の歴代会長の墓所に詣で、厳粛に唱題するとともに、同園にねむる妙法の同志にも追善の唱題をし、冥福を祈った」(聖教61・6・11)
1986.7.6
衆参ダブル選挙  衆院で57議席
1986.7.28
法華講連合会夏季総登山会(総本山)
1986.8.6
全国代表者懇談会(東京・創価学会新館)
池田「…御本尊からみれば、また長い日でみれば、信心の世界は、所詮、本物しか残らないものだ。傲慢や詐親やひとりよがり等々、メッキはいつかはがれてい く。妙法の力で、また多くの人に守られて、指導者としての活躍があることを忘れることなく、謙虚に自身を見つめ、信心を深めていってほしい…」(聖教 61・8・7)
1986.8.24
各部代表者合同研修会(東京・広宣会館)
◇SGI文化賞、各賞の授賞式 池田「…私は、昭和二十七年にささやかな結婚式をあげ、三十五年五月三日に第三代会長に就任した……会長就任といえば、世間一般で考えるならば、家でもタ イやお酒などを出し、祝うのが普通である。しかし、我が家の場合は違った。妻は、葬式を出すような思いでその日から私のことは亡くなったものと考えている ―とのことであった。それが私の会長としての出発であった……中心者、指導者の信心が純粋か否か。またその行動、振る舞いが、慈悲深く立派であるか否か。 ここに学会の団結の永遠不滅を決する一つの要諦があることを知らねばならない。もしも万が一、日昭など五老僧が法の付嘱を受けたならば、大聖人の御入滅 後、いかなる事態となったか。そこに連なるすべての信徒は結局、破仏法の徒となり、全員が堕地獄の道を歩むことになってしまう。中心者の信心の狂いとは、 それほどに恐ろしいものである。次元は異なるが、我が学会においても、同じ方程式にあることを銘記されたい…」(聖教61・8・25)
1986.9.11
9月度全国県長会議(広宣会館)
太田昭宏が総合青年部長、浅見茂が青年部長、忍田和彦が男子部長、林総一郎が学生部長に就任(聖教61・9・12)
➡その後、太田は国政へ。最初と委員長の時に落している。
1986.10.2
第2回総本山大石寺開創七百年記念慶祝総合会議(総本山)
池田「…ただ今は猊下より、甚深の意義を合めて、六壺の新築という、まことに開創七百年を飾る記念事業の要ともなるべき御決定があり、これ以上の喜びはあ りません。ここに全信徒を代表いたしまして、この新六壺の建設に呼応して、その前庭ともなる大客殿前の広場を、大化城の跡地も合めて拡張、整備するなど、 猊下の御指南を仰ぎつつ、荘厳申し上げたいと発願するものであります…」(聖教61・10・3)
1986.10.5
第7回世界平和文化祭(愛知体育館)
◇御法主日顕上人、SGI会長が鑑賞(聖教61・10・6)
1986.10.29
範昭氏 池田名誉会長と再び面会。
池田名誉会長 青年会員から遁走
学会本部敷地に本部職員の手配で案内された範昭氏は池田氏が到着するのを待機。ようやく到着した池田氏は車から来賓をともない上機嫌に下車し本部入り口へ 向かい歩きはじめた。「先生、大事なお話があります」と範昭氏が呼びかけるなり、池田氏は「わかった、わかった」と言い、右往左往し遁走する醜態を周囲に いた者たちが目撃することとなった。 この面会は実際には太田青年部長への面会であったが、目的は池田に前年渡した質問状の返事を聞くため。 太田青年部長は範昭氏が前年来、問題を起こしたことで、学会首脳からの逆鱗に遭っていたが、範昭氏と会って話し会い、その後、本部内で「彼は皆が心配する ような人物ではないですよ」と発言。これで池田氏から怒りを買い、衆院8区の立候補となり落選する。
 
元本部職員・小多仁伯氏 NHKのオペラ講演に観劇していた池田氏に「センセー、大変ご無沙汰しております!」と対面する。このことで、内部からマークされることになる。この目的は以前から学会に疑問を感じていたことを直接、伺いたいというものだった。
1986.11.2
創価班・長城会第1回合同総会(池田出席)
◇名誉創価班章などを授与
池田「…現在もさまざまな分野で『世襲制』は存在している。しかし、学会の世界では世襲制は全くないし、これからも、断じて排していくべきであることを銘記していただきたい…」(聖教61・11・3)
1986.11.16
創価学会創立記念日勤行会(学会本部)
◇広布功労賞などを授与
池田「…学会本部は、昭和三十八年の建設以来、本格的な改修はほとんど行われなかった。その間、総本山の荘厳、寺院の建立寄進、各地の会館の建設に力を尽 くしてきた。しかし二十数星霜を経て、雨もりするところも出るなど、古くなってきたし、また学会にとっても、学会常住の御本尊のまします最重要の建物であ るし、今回の改修となった……学会本部は質素で、小さくてよい―これが私の信条である‥…なかでも、昭和三十八年、学会本部の建設に当たって、会長室は一番質素に、と強く申し上げた。今回の改修でも、常住御本尊のまします仏間を荘厳申し上げ、他の場所も、新しく改修したが、会長室だけは、今まで通りである…」(聖教61・11・17)
➡聖教新聞社には9億円掛け改装された池田専用の部屋があると暴露されている。
1986.11.20
宗祖日蓮大聖人御大会式(総本山)
猊下「…近年、創価学会の勇猛精進の大折伏により、この正法正義が世界に広布することは、まことに釈尊の予言、宗祖大聖人の御金言、符節を合するところで あります。この正法流布の功徳はまた、算数譬喩も能わぎるところであります…」(大日491) (聖教61・11・22)
1986.11.29
東京、神奈川本部長記念合同研修会(東京・広宣会館)
◇SGI文化賞、聖教文化賞の授与
池田「…先日、東大、京大、慶応、早稲田、創大、お茶の水女子大、日本女子大など十数校の学生達が懇談していた。信心をしている学生もいたし、していない 学生もいた……その中で私が興味を引かれたのは、宗教観についての論議だった。面白いことに現代の若者は、企業のイメージと対比させながら語っていた。つ まり、今日、発展している企業は『トヨタ』『ホンダ』『ソニー』……など、非常に近代的センスに富んだ名称を使っている。それに対して、『××工業株式会 社』などという名称は、古くさくて、親近感がわかない。宗教も同じような気がする『浄土真宗』とか『真言宗』『日蓮宗』『仏立宗』……などと聞くと、古い イメージであるし、冠婚葬祭の宗教という感じがする。宗教としての寿命が尽きているというのだ。そこから数々の新宗教が生まれ、それらに代わって人々の心 をとらえていくのもやむをえないだろう。時代は『宗』というよりも『会』の方が現代的であり、民主的であって、その方がよいという結論であった。そのと き、創大生は『既成宗教の全部がダメだというのは当たらない。日蓮正宗はそうではない。創価学会の外護もあって、今や世界的に発展している』と語ってい た。それを聞いて、私もホッとし、救われる思いがした。今の学生達の話ではないが、『創価』という名は、近代性を踏まえた名称となっている…」(聖教 61・12・1)
1986.12
竹入に代わり、矢野委員長体制発足
➡竹入、矢野の二代に渡る公明党委員長は、後に二人とも脱会し宗門へ復帰。
1986.12.13
池田、ノリエガ将軍と会談(聖教新聞社)
「会談では、一年半ぶりの再会を互いに喜びあうとともに……席上、将軍に対して『創価教育栄光賞』が、またパナマのチュー理事長に『聖教文化賞』が贈られた。なお、この日午後、同将軍は総本山大石寺に詣でた…」(聖教61・12・4)

 昭和62年(1987年)
1987.1.1
聖教 新年の辞「正義と平和実現に一層の進展を」
日顕猊下 「現代は仏教において末法という時代であり、闘諍言訟の悪世とされております。人智の発達は空前の物質文明を招来し、人々はこれに心酔していますが、か えってこれが未来に恐ろしい深淵の口を開けていることも留意すべきであります。そして、人心は物質の充足にもかかわらず荒廃し、自我より発する種々の欲望 的行動により、尊い自他の命を傷つけている姿が、世界および社会的現象のなかに多く存在しています……正法の興隆、そして世界において創価学会が正義と平 和の大目的実現にいよいよ進展されること、および皆さま方のご健康、ご精進を祈り、新年の辞といたします」(聖教62・1・1)
1987.1.2
第2東京新春代表者会議(学会本部)
池田「…私は、この二日で、五十九歳となった。完全に学会の宿命を転換したと確信している。ともあれ昨年は、五十八歳という大きな節を乗り越えたことは事 実である。ゆえに、ますます広宣流布の前途は、洋々と開け、皆さまと共に希望に満ち満ちた一年の出発となったことを確信している…」(聖教62・1・5)
1987.1.20
第一回大石寺開創700年記念出版御書編纂委員会開催(宗務院)
1987.1.21
池田の長兄、池田増雄(69歳)死去
【池田氏は葬儀告別式を欠席(諸君62・4)】
1987.2.2
NSA世界平和池田講堂開館記念勤行会(ロサンゼルス)
池田「…皆さまの真心によって建設された、この平和講堂に御安置の御本尊は、御法主日顕上人より『世界平和広宣流布大願成就』とお認めいただいた大変に意義深い御本尊であられる…」(聖教62・2・5)
1987.2.3
創価大学ロサンゼルス分校(SULA)開所式(同校内)
(聖教62・2・5)
同3日、ネバダ核実験場で地下核実験。アメリカに滞在中の池田は核廃絶に一言も触れず。
1987.2.14
第一回SGIパン・アメリカン諸国会議(マイアミ)
1987.2.17
パナマ・ノリエガ将軍と3度目の対談(パナマ)
池田から将軍に「創価学会栄光賞」、将軍から池田に国家勲章「バスコ・ヌニュス・デ・バルボア勲章」をそれぞれ贈る。また、将軍は「ミラードールイケダ(池田展望台)」を池田に。
➡池田は富士宮白糸研修所に「ノリエガ庭園」を造成(ノリエガ逮捕直後に隠滅)
1987.3.10
池田、森田ら登山(総本山)
猊下にお目通り 「一カ月にわたる海外訪問からの帰国のごあいさつとともに、種々、御報告申し上げた模様である」(聖教62・3・11)
1987.4.7
御霊宝虫払大法会(総本山)
日顕猊下「通常、他の多くの御本尊は、大聖人の御弟子、または檀信徒への授与の場合、その名前をお認めあそばす 授与書きがありますが、これは個人に賜った、いわゆる一機一縁の意味であります。かの六老僧中、日興上人を除く五人までは個人授与の本尊が残されています が、日興上人に対しては個人授与の本尊は全く残されておりません。すなわち、それは存在しないのであります。その理由は、大聖人、日興上人が唯我与我一体 の御境界にわたらせ給い、その上から一期御化導の中心根本をなす、末法万年の一切衆生救済に関する大事な御本尊を広宣流布のために日興上人に委ねられたか らであります…」(大日495)(聖教62・4・8)
1987.4.16
ほかの立正佼成会や天理教は、全部教祖がふところに入れて、さもりっぱそうな大聖堂だとか、やれ病院だと か、こんどは天理教あたりは七階建てとかで、地下四階の大きい本部をつくって、東京進出のビルをつくるとか、そんなことばかりやっている。悪い連中です。 本当に悪い、じっさい、宗教に無知な人が多いから、みんなだまされて、カネを取られている、それで教団の勢力を張っているわけです。 私が本部を作る。それからいろいろと東京や関西にも本部をつくって、第一本部、第二本部とつくっておきますし、これからもつくる準備もしておりますけれど も、いっさい、皆さんからは永久に一銭もとらない、これが私の精神です」聖教新聞・池田氏指導
 
池田氏 会館私的利用料不払い発覚
池田氏は87年から4年4ヶ月に渡って、学会所有の学会第二別館(敷地2,149平方メートルに鉄筋コンクリと総檜造りの地下1階、地上2階、3億円の建 物)に寝泊まりするという私的利用に家賃を払っていなかったことが発覚。『滞納分2,600万円を払ってもらい、これ以降も毎月、払ってもらっている』と 担当幹部は証言した。
1987.5.8
富士宮圏記念幹部会(静岡・富士富国際文化会館)
池田「‥この富士宮の地は、総本山大石寺に本門戒壇の大御本尊のまします、世界で、最極の国土である。そして、全世界の友が、正本堂に参拝し、また信心の清流を求め登山してくる。仏法上、これほど尊く重要な地域はない‥」(聖教62・5・10)
1987.5.13
聖教社説「学会の伝統精神を胸中深く」
「五月三日の記念式典の際、名誉会長は宗祖・日蓮大聖人、開祖・日興上人、第二祖・日目上人と、三代にわたる血脈付法の師弟の御姿は、日蓮正宗の根源であ り、正宗の清流である……初代会長から二代会長、二代会長から三代会長と、原点となる三代にわたっての師弟の道は厳然としている。ここに学会の最高の誉れ がある。この学会の伝統精神は、いかに時代が変わり、社会が変わろうと、絶対に変わってはならない」との心情を述べた。私達は、この学会に貫かれた人生の 師弟の精髄を確認し、更に信心の深化に取り組んでいきたい」(聖教62・5・13)
1987.6.19
龍年光 森田理事長会談(品川会館)
「今後は会館に池田の名前をつけない」 と断言した。いやしくも宗教法人の理事長の約束であるから、私は信じることにした。ところがその後、会館ばかりか、墓苑にまで池田の名をつける始末。(平成3年4月4日号 週刊文春)
1987.6
アメリカ創価大学創立
カリフォルニア州に広大な敷地を有し、豪華にして立ち入りを許されない池田特別室が存在する。2002年に元美術教授・リンダ・サウスウェル氏が「カリキュラムにはカルト信仰とカルト的なものの見方を反映したもの」と大学を訴えたことがある
1987.7.4
第1回東北幹部記念総会(宮城・東北平和会館)
池田「…墓石の大きさや、墓地の規模によって、成仏が決まるわけではないし、人間としての偉大さが測られるわけでもない。いまだに権威や財力によって墓の 大小を競うような風潮も絶えないが、純粋な信心の世界にあっては、決して、そういうことがあってはならない……学会でも、各地に基苑がつくられている。こ れも、多くの方々の要望によるものであるが、学会の墓苑の在り方は、墓石の大きさ、墓の規模といい日有上人の仰せられた仏法の平等観にかなったものとなっ ている……墓地の歴史は、現在、大きな転換期を迎えているといわれている。つまり、かつての薄暗い墓地のイメージから、『明るさ』への志向がみられるので ある。その意味で、学会の基苑は、その先取りといってもよい……まさに新しい時代の象徴ともいえる墓苑となっているのである…」(聖教62・7・6)
1987.8.22
男子部八月度全国幹部会(東京・荒川文化会館)
人事発表 副青年部長に池田博正氏
1987.9
学会墓地事業に地元の反対運動
この月、完成にこぎ着けた群馬県渋川市の「はるな平和墓苑」には住民有権者の6割の反対運動が起こるも強行に建設を行った。学会の墓地建設には各地で反対運動が起こっている。【資料➡】
1987.9.18
第336回本部幹部会(愛知・豊橋文化会館)
秋谷「かつて正信会の徒が学会のことを謗法呼ばわりしたが、結局、自ら御法主上人の血脈相承を否定するという最大の謗法を犯しその本性を暴露した‥‥祭りに対する基本原則を考えていきたい。
①謗法厳誠の姿勢を堅持し、主催の中心が神社や寺院である場合には、はっきりけじめをつけ参加すべきでない。
②宗教色がなく、地域の祝い事や民俗芸能から出たものや、地域振興等で催された祭りについての参加は差し支えない‥(聖教62・9・21)
1987.10.21
九州代表者会議(福岡研修道場)
池田「…私どもは御本仏の御遺命である、この『事の戒壇』の建立に全身全霊を捧げた。すなわち『正本堂』を私の発願により、皆さま方のお力で寄進建立申し 上げた。これも、すべて法華経の経文通りの行動であることを確信していただきたい。この正本堂こそ末法広宣流布の『根本道場』である…」(聖教62・ 10・22)

 昭和63年(1988年)
1988.1
田代富士男参院議員 砂利船汚職で辞職
 
池田の外遊に際し、外務省に便宜供与を要望
原田稔事務総長(当時)は外務省 官房長・小和田恒宛に海外での特別待遇を望む要望書を提出。閣僚級に次ぐVIP待遇を受けることに。
1988.2.4
米国 ノリエガを「コロンビア麻薬密売組織と結託して、麻薬密輸に関与していた」として起訴
1988.3.21
聖教社説「先祖供養の真義について」
「日々の唱題、日々の実践がそのまま、到彼岸の修行であり、先祖への追善供養となっている……春分、秋分の日は、昼夜の時間が同じである。仏法上、陰陽同時、善悪不二を表す時節に善根を積むことはまことに意義深いのである。その意味で、このお彼岸を期して、塔婆を立てて先祖に供養するとともに、広布への一層の決意をもつて、追善回向の唱題に励み、亡き方々も自身もともに大きな福徳善根を積む機会としたい」(聖教63・3・21
1988.3.24
第1回和歌山県記念総会(和歌山・関西研修道場)
池田「私事になるが、我が池田家の一族についても、父も母も、また兄も次男も、みな本当に安らかな死を迎えている。だれ一人、苦しんだ者がいない。私は、この厳たる事実を、懸命な護法の実践による″与同利益″であると確信し、感謝している…」(聖教63・3・27)
1988.4
第1回全国婦人部幹部会
学会の象徴である三色旗発表。創価学会では赤=勝利、黄=栄光、青=平和を象徴する。
1988.4.22
中央会議(東京・創価文化会館) (聖教63・4・23)
「除名退転者名簿」を発表
1988.4.26
宮本邸盗聴裁判、控訴を棄却
「宮本顕治共産党議長邸の電話盗聴事件をめぐり、宮本氏が故北条浩氏らを相手取った損害賠償請求訴訟の控訴審判決が東京高裁民事四部で言い渡された。村岡二郎裁判長は慰謝料百万円の支払いを命じた第一審判決を支持し、故北条氏側らの控訴を棄却した」(聖教63・4・27)
1988.5.10
公明党・議員・大橋敏雄氏 手記「池田大作への戦線布告---党と学会を私物化する彼にもう我慢できない」を発表
➡直後に、団体からの不正な金銭3310万円を収受した。不正常な女性問題があったとデッチ挙げられ除名、迫害に遭う。事実は不正献金の事実は無く、女性 問題も、地元婦人部が大橋氏から貰ったものとして、ラブレターを捏造したもの。今回の問題で、池田氏が「大橋を潰せ!、藤原は恩知らず!」と幹部に命じた テープが撮られ藤原行正氏へ送られる。
1988.5.25
元検事総長 伊藤栄樹氏死去
生前にこのような言葉を残したとされる。
『この日本国のなかに三人の大悪人がいる。児玉誉士夫 田中角栄 そして池田大作である』
1988.6.10
国連栄誉賞表彰
1988.6.14
「政教分離」の原則を堅持
「‥現在、一部に名誉会長の党の支配とか、私物化など云々する向きがあるが、そのようなことは全くない。根拠のない、いいがかりであり、意図的な中傷とい う以外にない。今日まで学会と党は、必要に応して連絡のための話し合いをもち、連携をはかってきた。しかし対外的には、学会と公明党の関係がわかりにくい との声もあり、党からも要請があったので、今後は、定期的な『連絡協議会』を設置するよう、党と話し合いたいと思っている。今回の大橋議員に対する公明党 の処分については、党として慎重に調査、審査のうえ決定したものと聞いており、尊重したい。また、決定については、処分事由からすれば当然と思う…」(聖 教63・6・15)
➡学会が公に認めていた政教一致との違いな何なのか?それは、議員が学会の幹部職を兼任しないだけの違いであり、両者の関係は何一つ変わっていない。つまり、社会を騙しているわけである。
1988.7.17
学会 学園正門前で暴力事件
創価学園で催された「栄光祭」に出席した池田氏をキャッチしようと、学園門前に待機していたマスコミ各社の記者、カメラマンに対し、学会、学園関係者が、集団で暴行に及んだ 小林校長は報道陣を「ブラックジャーナリスト」と罵る。
 
「財務の日」(7.17)と命名
1988.10
公明党池田克也議員、リクルート疑惑で辞任
1988.11
評論家・山本七平氏は池田氏を評して「この人物の異常さは宗教史上類例を見ない」掲載。(『文藝春秋』昭和63年11月号)
1988.11.24
第4回全国婦人部幹部会(東京・広宣会館)
池田「‥日達上人は、御法主日顕上人に血脈付法され一切を相承なされた。近年、各地で純真な仏子である学会員を 理不尽にもいしめ抜いた正信会の悪侶らは、御法主日顕上人に背いたばかりか、日達上人のお心を踏みにしった。その行為は大聖人に弓を引き、自らを『仏敵』 におとしめてしまうものである。その罪はまことに大きい‥‥私どもは、少々の難や障害に紛動されてはならない。どこまでも大聖人の御金言のままに、また、 代々の御法主上人の御指南通りに″勇気凛々″と朗らかに進んでいけばよいのである…」(聖教63・11・26)
1988.12.12
学会内部告発本出版 『池田大作 政教支配の実態』(創価学会内部改革派憂創グループ・エスエル出版会)
1988.12
矢野委員長 明電工疑惑で追及される
 
衛星中継始まる
この年頃から、これまでのカセットテープ、レコードなどの音声鑑賞から衛星中継で指導が聞けることになる。

 昭和64年-平成元年(1989年)
1989.1.7
昭和天皇崩御。1月8日から平成へ
1989.3.12
反逆者には「この野郎、馬鹿野郎」でいいんだ
池田指導「全員が勝つと強く決めていけ!勝つか負けるか。やられたらやり返せ。世間などなんだ!なんでもいいから、言い返すんだ。こわがったりしてはいけない。怒鳴っていけばいいんだ!(中略)反逆者には「この野郎、馬鹿野郎でいいんだ!」埼玉指導
 
このころ顕正会対策として秘密裡に「広宣部」発足
主な活動内容:郵便物の抜き取り、尾行、盗撮、盗聴怪文書配布、交友関係調査など
➡広宣部は宗門側をはじめとした対立者もターゲットとしており、学会内では20年に及び隠密部隊として行動。裁判でその実態を暴かれ、その後、公然の組織として認知された。メンバーは池田の懐刀である創価班から秘密裡に人選され、周囲にはその謀略活動を漏らすことはない。
1989.4.14
東京・妙真寺の裁判
◇宗門側が全面勝利、山口法興は正宗僧侶にあらず 「この山口は、御法主日顕上人の血脈を否定する『正信会』の中心的人物。昭和五十五年八月、山口は日顕上人猊下の御指南や、その御意を体した宗務院の度重 なる中止命令を無視して、学会への誹謗・中傷のために第五回全国檀徒大会を強行開催した一人。これによつて、宗門より住職罷免処分を受けた。さらに、後任 住職が赴任しようとした際には、多数の檀徒を使って実力で妨害したため、横斥処分に付されていた」(聖教H1・4・14)
 
財務を振り込み方式に変更
''89~'90年にかけて、財務の集金方式を銀行振り込みに変え、全国の財務部員をデータ管理化。個人の財務状況が分かる問題の方式
1989.5.28
第1回SGI欧州総会(ロンドン近郊)
◇御法主日顕上人のメッセージ 「一切衆生皆成仏道の大法を受持する皆さまこそ、世界平和への透徹した良識と信念と実践の力が養われるのであり、その組織的基盤として世界連帯のSGI、 また皆さまの欧州各国SGIが存在することはまことに心強い限りであります。皆さまはSGIの育ての親である会長池田先生の指導を受け切り、 一人一人が 御本仏。日蓮大聖人の尊い仏法の意義を体し、世界平和に貢献されるとともに、欧州各国におけるSGIの充実・発展にますます精進なさることをお祈りいたし ます」
池田「‥本日は、御法主日顕上人より、丁重なメッセージを賜っている。これは私どもにとつて何よりの喜びであり、私は哀心より感謝申し上げたい‐」(聖教H1・5・30)
1989.6.14
フランス学士院で「東西における芸術と精神性」を講演
1989.6.14
池田の金庫番・中西治雄のゴミ処理場金庫事件
横浜市の産業廃棄物場で1億7500万円入りの金庫が見つかった事件。名乗り出たのは、池田氏の金を管理する側近幹部・中西氏だった。
➡この金は本山での売店で売り上げた金で脱税した金だと主張。しかし、札束の帯を検証すると食い違いが明らかなためウソである。【詳しくは➡】
1989.7.3
金庫事件で記者会見
中西氏と金庫を運んだ外郭企業・日本図書輸送 大川社長らとともに記者会見。 「金は私のもの。昭和46年ころから三年間、総本山大石寺で個人的に開いた物産店で金杯などを売って儲けて脱税した金だ。聖教新聞社地下倉庫に置いたまま忘れていた」
1989.9.6
第8回全国婦人部幹部会(東京・広宣会館)
池田「個人のプライパシーの守秘、すなわち個人の私事の秘密を守ることについて確認しておきたい‥‥特に幹部の皆さまは、信心の先輩として、後輩や友人か らさまざまな相談を受ける場合が多々ある。その際、相手のプライバシーは絶対に尊重しなければならない。立場上、知り得た秘密を守ることは、いかなる組 織、団体においても当然のことである…」(聖教H1・9 8)
1989.9.8
最高裁 蓮華寺訴訟で蓮華寺・久保川双方の上告を棄却、以後自称正信会寺院奪還訴訟は全て双方却下
1989.9.8
第17回全国青年部幹部会(埼玉池田文化会館)
聖教100万部減で啓蒙拡大運動本格化
1989.10.3
SGI理事会(東京・創価文化会館)
「SGI副会長の森田理事長が、任期満了に伴い、SGI規約に基.ついて選任された理事を紹介。続いて秋谷会長がSGI理事長に再任され、新任の役員が発表された」(聖教H1・10・4)
1989.10.4
中西治雄氏退会
➡池田が会長になる前からの片腕であったが、後に宗門へ復帰。
1989.10.23
「戦争と平和」展、海外巡回開始(ニューヨーク・国連本部)
1989.11.7
正宗僧侶誘拐身代金要求事件
別府市寿福寺の住職を学会B長の桝永康典らが誘拐し、身代金6億円を要求した事件が起こる。主犯の桝永は「学会なら金がある。身代金を出してくれると思った」と供述。
 
この年の財務は1400億円
 
この年までの公明の国政選挙結果表
 
この年まで世帯数と得票数の推移表

 平成2年(1990年)
1990.1.3
学会員外交官公私混同
ミラノ総領事館にいた学会員ノンキャリア外交官は学会の依頼であるヴァチカンの状況報告をまとめ返信。 ヴァチカンの方針としてつぎのような書き出しで始まっている。「昨年十月鈴木琢郎副会長から手紙をいただき、その中でヴァチカンについて私なりの実感を教えてほしい旨書いてありました。その返事は神崎さんを通じて鈴木副会長にだしました」
1990.1.3
ルーマニア新政権について
「民主の総意による新生ルーマニアの誕生を、私はもろ手を挙げて、祝福いたします。『民衆』が勝った。『人間』の叫びが勝った。私どもはもちろん、権力悪と戦う世界の民衆勢力に、強い勇気を与えてくれました」聖教新聞
1990.2
「ノリエガは創価学会員だった」
◇ ニューズウイーク誌が報道
「『ノリエガは創価学会員』二月一日号『ニューズウイーク(日本版)』誌に、中米パナマの独裁者ノリエガ将軍と池田大作の関係について極めて興味深い記事が掲載された。
1990.2.17
第11回SGI総会(ロス・NSA世界平和池田講堂)
日顕猊下メッセージ「…現在、一切に魁けて大きな視野と叡智を以て、その浄業に傾注しておられる方がSGI会長池田先生であります。今日、益々お元気な池 田先生を迎へ、世界の日蓮正宗のメムパーがお元気な姿でロスアンゼルスに結集し、世界平和の為、また本仏日蓮大聖人の大正法を流布するため、盛大な総会を 開かれることは、私のまことに欣快とする処であります。SGI会長池田先生の指導により、また一層の団結の精神をもって此の総会を機に、世界夫々の日蓮正 宗が益々発展されることを、そして皆様一人一人の御健康と御幸福を心より祈り、祝辞といたします…」(聖教H2・2・19)
1990.2.18
衆院選で46議席
1990.3
二百億円まで無担保で貸す
 三菱商事と池田創価学会との密着ぶりもきることながら、「学会とアソコの関係は金魚のフンのように切っても切れない関係だ」(大手都銀の都内支店長) とやっかみ半分、銀行業界の羨望の的になっているのが三菱銀行である。池田氏の側近だった山崎正友元学会顧問 弁護士が語る。
「三菱銀行には四十九年当時で、学会の一般会計・聖教新聞社合わせて五百億円をこえる預金があったんです。そ のほか、毎月百億円をこえるカネが三菱銀行の口座をとおして集計され、支払いが決済されていた事実もあります よ」
 この時期、池田氏が天下の三菱銀行頭取にわざとカマをかけた。
「もし、私が無担保で貸してくれといったらいくらまで貸してくれますか」 このナゾかけに対し、当時の頭取は間髪を入れず返答した。
「池田先生でしたら、当行は二百億円までなら、無担保でご用立てします」 この最大級のお世辞を真に受けた池田氏は喜色満面、側近連を呼びつけては頭取の言葉を吹聴してまわつたという。無邪気なものである。(平成2年3月号 月刊現代)
1990.3.5
金を出しているので口は出すな
 平成元年六月二十八日、猊下が池田氏に立川寺院の建立延期について尋ねられ、平成二年三月五日、猊下が池田氏に対し、ほとんどゼロになった丑寅勤行の参詣について尋ねられている。  
 しかし、池田氏という方は非常に自尊心のお強い方であるから「何言っている、学会は金を出しているのであるから、囗は出さないでほしい」、「学会の方針、俺のやっている事に、いちいち口を出すな」というが本音ではなかったか。(『妙道の春に』高橋公純著)
1990.4.25
ブラジル南十字国家勲章
1990.4.25
勲章授与に浮かれる
「アルゼンチンから五月に大十字勲章をもらったが、これで七つ目である。これが妙法である。信心です。たった五ヶ月の間に三つの勲章(コロンビア、ブラジル)をもらった。(中略)五ヶ月間に勲章を三つもらえる人は、これまで一人もいなかった。議員でもない私なのだ。」
1990.4.29
東京記念総会
池田「今までの既成宗教は権力と結んで大きくなってきた。学会だけが権力と結ばずに、弾圧を受けながら純枠に大きくなってきた。(なのに)坊さんは供養を取って、弾圧されることもなくて、いい身分だよ」(平成2年4月29日)
➡池田のまったくの自語相違。
1990.5.12
創価学会「週刊文春」に抗議
「最近、『週刊文春』など一部の週刊誌等で学会が『ニセ本尊』を作り会員に下附したかのような誠に悪質なねつ造記事が出ている。こ れらは大石寺開創七百年、学会創立六十周年の佳節に宗門、学会を混乱させ、離間を図ろうとする策動にのったデッチ上げ記事であることは明白である。ただ、 御本尊という信仰の根幹に関わることについて極めて悪質なねつ造であるために、青年部代表二人が『週刊文春』編集部を訪れ同誌の花田紀凱編集長らに厳重抗 議し、記事の取消し並に謝罪するよう強く要求した。もともとこの『ニセ本尊』云々との話は、昭和五十三、四年ごろ、後 に御法主上人に反逆し宗門から擯斥された『正信会』の悪侶らが、宗門、学会を分断し自らほしいままにするための野望から言い出した陰険な策略による作り話 である」(聖教H2・5・12)
➡学会が「勝手に本尊と作らない」とする趣旨だが、平成5年に学会はニセ本尊を製造販売した。
1990.5.16
「登山部から徹底」
◇登山会参加証がなければ御開扉の受け付けはできません
「フリー登山(登山会参加証による登山)に関して最近、登山会参加証を持参しないで御開扉を希望する人が一部で見られるため、登山部では重ねて、次の点を厳守するよう呼びかけている。
①フリー登山を希望する場合は、必ず各人が所属する本部に申請し、『登山会参加証発行申請書』に基づき、登山会参加証の発行を受けてください……
②登山会参加証には、『平日用』と『日時指定用』の二種類があり、特に、『日時指定用』では、常来坊受け付けでは、登山日・御開扉時間の変更はできませんのでご了承ください…」(聖教H2・5・16)
1990.6
国税調査入る(第一回)
学会顧問弁護士・八尋頼雄氏は税務調査の際、公明矢野氏に下記のことが行われないよう電話で依頼。
1. ○○信託銀行に税務調査 
2.××証券に池田大作氏、かね子氏、博正氏、秋谷氏らの個人口座の有無についての税務調査」 
3.△△証券に税務調査

学会はこの墓苑事業で莫大な利益ただけでなく、裏金を捻出した疑惑が挙がった。
このうま味を覚えたことで、現在、全国に16ヶ所の墓苑(一部は納骨堂)を造るに至っている。なお、これらの事業には富士桜自然墓地公園(1980年完成)をはじめ、不透明な取り引き、暴力団などの関与が噂された。
➡学会は国税調査に際し、公明党・国会議員である矢野氏を利用。公明党を学会の防波堤とする政教一体を現実に見せた。
1990.6.20
池田 公然と宗門批判
6月度本部幹部会
池田「金ばかり取って、小欲知足どころか、大欲傲慢じゃないか。在家を励ますどころか、責める、いじめる、嫌な思いをさせるような人に、我々はなめられてはいけない。秋谷(栄之助会長)はびくびくして、顔色ばかりうかがって、だから宗門からなめられるのだ。お寺のことで何かあったら、私といっしよに立ち上がりましよう」(平成2年6月20日)
➡会員は学会へ財務を行うことが主であるため、金が集まるのは学会本部である。その中から、学会本部は宗門へ御供養しているのが現実。つまり、仏への御供養の大部分を学会が収奪していたことになる。「金ばかり取って」は池田の暴言でしかない。
1990.7.9
苫小牧記念動行会(苫小牧平和会館)
池田「かつて衣の権威をカサに着て、一部の悪侶が、まじめに信心し、弘教に励んでいる、尊い仏の使いを軽んじ、いじめ、見下げてきた。その心は仏法の心で はない。僧としてよりも、人間として許されることではない‥‥だれびとが、どんなに『自分は偉い」と威張ってみても、現実に一人の人に弘教し、面倒をみ、 幸福にしていった『実証』にはかなわない。『高位の人』よりも『弘教の人』が偉いのである。仏法の眼からみれば、実社会のなかに、我が地域のなかに、『正 法流布」を進めている皆さま方ほど尊い存在はない…」(聖教H2・7・11)
1990.7.14
札幌記念幹部会 第1回北海道最高会議(北海道池田講堂)
池田「…僧侶は『少欲知足』が本分である。高潔な『聖僧』が大聖人、日興上人の教えられた道である。踏むべき道を忘れた末法の僧侶のことを大聖人は、食べ 物を奪い合う大にたとえて厳しく裁いておられる。″畜生道〃であり、また″餓鬼道〃の姿である。そして弘法もせず、我が身を養う欲望ばかり盛んな僧侶を、 『法師の皮を著たる畜生なり』表に法師の皮をつけただけの畜生である、『法師と云う名字をぬすめる盗人なり』僧侶という名前を盗んでいる泥棒であると、激 しく非難し、指弾しておられる。これは本来、他宗の僧への破折であられた。それが近年、かの悪侶たちのごとく、日蓮正宗からも、そうした卑しき輩が出たこ とは、大聖人のお悲しみ、お怒りは、いかばかりかと嘆かずにおられない…」(聖教H2・7・16)
➡池田ほどの贅沢を日本国民で誰がしているであろうか?
1990.7.17
学会 一方的に宗門を罵倒
宗門との連絡会議の席上、法主上人・宗門を一方的に批判し席を立つ(東京常泉寺) 毎月行なわれる学会との連絡会議に、秋谷会長以下学会首脳は、宗門の役僧の目の前でそれら役僧の名前をあげ、猛然と批判し、宗門側か意見を言おうとする と、「今日は話を聞いてもらうだけです」と一方的にまくしたてた。学会は宗門に対して「対話がない、対話がない」と言うが、対話拒否は学会側から始まった のである。(『妙道の春に』高橋公純著)
1990.7.21
池田、秋谷 お目通り願い
時に猊下は十七日の学会首脳発言の「猊下の御発言は名誉会長に失礼である」等という事に関して、「どういう事なのですか」とお聞きになった。
池田、秋谷両氏はさかんに抗弁して、猊下の発言を封ずるような事があったので、猊下は「法主の発言を封ずるはきょう慢謗法となりますよ」とさとされたのである。(『妙道の春に』高橋公純著)
1990.7.27
ソ連、ゴルバチョフ大統領と会見
 
『週刊文春』 (国税調査が入ったため)「池田氏はソ連に逃げた」と掲載。
1990.8.7
「私どもの信仰も、ある意味で権威・権力との精神闘争である」池田発言
➡その後、公明党を利用し権力にしがみつくことになる。
1990.8.23
「宗門は、阿部日顕猊下が学会にきつい。池田名誉会長も相当強く言っている。池田氏もカリカリで、いまのままでいくと激突する。そこで秋谷会長を 正面に立て、第一次宗門戦争で池田氏に会長辞職を要請したとされる野崎、原田たちを使って池田氏の代わりに宗門批判を言わせている」(『乱脈経理』矢野絢 也 自身の手帖から)
1990.8.29
9月度全国県長会議(東京・広宣会館)
秋谷「…今後の活動のポイントとして
①会員中心主義の行動を
② 一人一人の人格の向上を ③反人間主義との戦い、 とりわけ権威・権力から仏子を守る戦いを、の三点を力説…」(聖教H2・8・30)
1990.9.2
大石寺開創七百年慶祝記念文化祭(総本山)
「大石寺開創七百年を寿いでの、創価学会による慶祝記念文化祭が…… 『天座に輝け・幸の光彩』のテーマのもと、大客殿広場で開催された。これには御法主日顕上人猊下が御臨席されたのをはじめ、藤本日潤総監、早瀬日慈重役、 各能化、早瀬義雄宗会議長、宗務院の各部長、宗会議員、全国の宗務支院長・副宗務支院長など、多くの僧侶が出席。また創価学会の池田大作名誉会長、秋谷栄 之助会長、森田一哉理事長、各副会長らが、芸術部、青年部メンバー、海外六十七カ国・地域の代表ら、約二千人による熱演の舞台を観賞した」(大日536) (聖教H2・9・3)
1990.9.12
第13回全国婦人部幹部会(東京創価文化会館)
池田「‥言うまでもなく、五座三座は日蓮正宗の伝統である。当然、信者としての私たちは五座三座が基本である。た だし、海外の場合、五座三座が続かなくて退転していくというケースをよく耳にする。また日本においても、五座三座ができなくなると、次第に信心から遠ざか つてしまうと、よく聞く。しかし、大切なのは一生涯、御本尊を受持して信行に励んでいくことである…‥それを、形にとらわれるあまり、圧迫感を与えては、 途中でいやになってしまう場合がある……したがって、場合によっては、方便品・自我偈でも、凡夫の世界ではやむを得ない時もあるだろう。人によっては、一 度やらなくなるとリズムに乗れず、かえって罪悪感が深くなって、退転してしまうという声もある。こうした点をリーダーは配慮し、きめこまかい、安心できる 指導が必要であると思う‥」(聖教H2・9・14)
1990.9.18
第33回本部幹部会(東京・広宣会館)
池田「 いつの時代でも、いずこの世界でも、権威、権力の横暴は大なり小なりある。近年の正信会の悪侶の姿もそうであった。私どもは戦った。そして、勝った。権威、権力とはどこまでも戦う。これこそが真実の信仰の精神である…」」(聖教H2・9・21)
1990.9.28
熊本大分合同記念会合(熊本池田平和会館)
池田「十年前には、あの悪侶による理不尽な嵐が、この熊本にも吹き荒れた。それは衣の権威をかきに着ての、尊い仏子に対する迫害であった。本来、信徒を守 り、励ましていくべき立場にある僧が、健気に広宣流布のために戦っている仏子をいじめ、迫害するなど、僧としてはもとより、人間としても絶対に許されるべ きことではない…」(聖教H2・9・30)
1990.10.2
八尋弁護士 矢野氏に国税調査の件依頼
八尋から1.財産目録は出さない。2.美術品にふれない。3.(池田氏の)個人所得にさわらない。4.第一庶務にさわらない。5.会員のプライバシーにふれない。6.宗教活動にふれない。の6項目を依頼した。八尋が書いたメモ→
1990.10.12
「大石寺開創七百年慶讃大法要」(総本山)
学会員の最後の登山となる
1990.10.13
猊下、池田に感謝状・記念品(大石寺蒔絵飾壺)を贈呈
「感謝状」 「貴殿は大石寺開創七百年に当り、その慶讃委員会委員長として記念事業の推進及び諸般に亘り多大なる貢献を為し、よく外護の任を尽されました。その功績は誠に顕著であります。依って意に記念品を贈呈し甚深なる感謝の意を表します」(大日537) (聖教H2・10・14)
1990.10.13
大石寺開創七百年慶讃大法要本会(総本山)
池田「…多くのいわゆる伽藍仏教が、自宗の権威と権力におぼれて、信徒を小バカにし、民衆を見くだし、軽視してきたが故に、その活力も発展もなくなっていったことは周知の歴史的事実であります。これに対して日蓮正宗は、常に慈悲であられる。日 蓮正宗創価学会は、御仏智とはいえ、この御指南通りに邁進してきたが故に、奇跡的な大発展を見ることができたと、私は信ずるものでございます。私どもはこ れからも、御法主日顕上人の御指南どおり、妙法の旗を高らかに掲げながら、多くの民衆の先頭に立ち、民衆の民衆による民衆のための大自法広宣流布へ前進し ゆくことを、心よりお誓い申し上げ、私のお祝いの御挨拶とさせていただきます。おめでとうございました」(大日537) (聖教H2・10・14)
1990.11.16
宗門に本部幹部会録音テープ届く
池田氏 本部幹部会において、猊下、宗門、僧侶の蔑視・軽視発言 (52年逸脱路線無反省を露呈) 。この幹部会の録音テープが宗門に届いた。
➡池田の発言に不信を抱いたいくつかの会員のグループが届けたもの。
1990.11.20
池田、秋谷ら登山(総本山)
猊下にお目通り、御会式に参列(聖教H2・11・21)
 
権威権力とは誰のことか
平成二年十一月二十日、お会式のお目通りの時、猊下は、秋谷会長に「池田氏が言う権威権力とは誰れの事なのか」という質問に「国家権力です」と平然と答えている。
➡しかし、今、学会は宗門及び僧侶をあたかも権威権力の魔性のように言っている事、即ち、池田氏平成二年の七月あたりから言い出した「権威権力」とは宗門、猊下、僧侶を指していた事は間違いない。(『妙道の春に』 高橋公純著)
1990.11.28
富士学林研究科閉講式(総本山)
日顕猊下「…池田先生の組織的なまとめによって世界にもその広宣流布の形が、はっきり言えば戦争花嫁だけれども、要するに戦後の人的交流が世界的に行われ て、世界に日本人が進出しつつ正法を受持する人が弘まったために、それらの組織的な形の薫陶があり、また指導、拡大発展が行われて、今日、百二十数万とい うような信徒が世界におるということが言われておる時代になっております。しかしこのような形の中での広宣流布ということが、たしかに行われておるけれど も、我々僧侶の面から見たときに、果たしてこれでいいのかということもまた考えなければならないことだろうと思うのであります…」(大日蓮539)
1990.12.3
静岡県最高協議会(静岡)
池田「―大聖人は……女人よりも男子の罪は重く、男子よりも尼の罪は重い。尼よりは僧の罪は重く、破戒の僧よりも持戒の法師の罪は重い。持戒の僧の罪より も智者の罪は重いであろう――と……かつて、僧という立場、衣の権威を利用して、健気に信行学にいそしむ仏子を、謗法呼ばわりし、迫書した悪侶らがいた。 この御書に照らすとき、その罪は計り知れないほど重いことがわかる…」(聖教H2・12・5)
➡池田の宗門僧侶批判は、三宝破壊であることを自身が分かっていない証拠。
1990.12.5
妙宝寺新築落慶入仏式(山口)
猊下「‥不思議なことは、七百年間、大聖人、日興上人の唯授一人の血脈相承をもつて総本山大石寺に厳護されてまいりました日蓮大聖人の正しい仏法が、この 昭和という時期に、特に創価学会の出現によりまして、日本乃至世界に広宣流布をするという因縁が築かれた次第でございます。その中の一分として法華講の方 ももちろん一生懸命御奉公されましたけれども、特に学会員の方が日本全国において、あらゆる所でこの正法を深く確信してそれぞれの人々にこの大法の道を、 功徳を説き、またそれに対して邪法邪義の恐ろしい所以を相対して説いていって、初めて多くの人々が今までの邪義邪宗を改め、正法を正しく清浄に信ずるとい う姿がそこに起こったのであります‥」(大日蓮539)(聖教H2・12・6)
1990.12.13
宗門・学会の連絡会議
宗門 創価学会との連絡会議の席上、池田大作の11月16日のスピーチについての『お尋ね』文書を学会に提出。 創価学会 「出所不明のテープを元にした文書は受け取れない」と受け取りを拒絶(東京常泉寺)
1990.12.16
宗門 12.13付「お尋ね」文書を創価学会へ送付
1990.12.24
宗門 創価学会からの12月23日付『お伺い』なる9項目にわたる事実無根・捏造の宗門批判文書を受信
1990.12.27
宗規改正にともない池田氏 総講頭資格喪失
1990.12.29
福岡市・正宗寺院へ脅迫数十回
 九州・福岡市では、日蓮正宗の寺院に、こんな脅迫電話があった、と総本山に報告がよせられている。こんな内容である。
 「昨年十二月二十九日より福岡市西区内のMという者より池田名誉総講頭を解任させたことはけしからん。よって住職がその寺を出ろ、出なければ火をつけて 燃やすといういやがらせの電話が数十回にわたってあり一一〇番。派出所が境内を警戒し巡査もそのいやがらせの電話を取って聞く。それからも二十九日より二 週間に及ぶ。その一部内容をテープにおきめることが出来た。その内容はコラ″出らんかコラ″日顕のパカが総本山なんてただではすまんぞ、猊下パカだよ猊下 を精神病院が収容しますから、葬式は私がします。納骨室購入金返せ!! 開信寺正信会の住職、クソ住職!!(中略)平成三年一月二十二日午前十一時。福岡 市西警察署 二階刑事課強行犯係へ行き今回の経過を報告したところ、すでに池田問題等は知っており、この件に関し本人へ警告をするということと、今回の件 が原因となって相手が行動を起す場合を想定して必ずテープもよいが記録を詳細にとることを指示された。(以下略)」平成3年2月14日号 週刊実話
 
本山へ嫌がらせ電話800回
 平成二年の十二月二十九日、総本山に一日八百通の嫌がらせ電話りがあり、私のところは四日で五百通の脅迫電話があり、その外、福岡県教説寺住職の三方殴 打事件、福岡県開信寺住職及び講頭に対する暴力事件、長崎県弘宣寺に「殺してやる」と叫ぶ学会員の乱入事件、四国敬台寺の警察官十名も出た暴言事件、その 外、小さい事をもあげれば、仙台市妙遍寺、名取市広安寺、水沢市宝器寺、阿南市正玄寺等々、数を頼りとした暴力、暴言事件は枚挙にいとまがない。(『妙道 の春に』高橋公純著)
1990.12.30
学会 総講頭・大講頭資格喪失の撤回を求め抗議書を宗務院に送付
 
この年、学会草創期からの幹部で都議会議員を7期務めた龍年光氏が脱会日蓮正宗へ

 平成3年(1991年)
1991.1.1
宗務院よりの『お尋ね』に対する創価学会からの回答
再度、日蓮正宗を非難。
1991.1.1
宗門批判の怪文書『地涌』 発行
➡身元を隠し、宗門批判を行うこの怪文書は、学会本部地下の地涌会館で野崎勲副会長、学会系葬儀会社・報恩社社長等によって執筆。 全国の正宗寺院へ勝手にFAXされ続けた。
この文書を利用し創価学会は反宗門へと会員を洗脳。
1991.1.4
学会 宗門への批判キャンペーンを開始
1991.1.4
法華講連合会初登山目通り(総本山)
1991.1.17
多国籍軍 イラクを空爆、湾岸戦争勃発
1991.1.17
山崎正友氏 実刑確定(最高裁)
1991.1.24
自民政府 多国籍軍に90億ドル支援を決定。公明も賛成に回る
1991.2ごろ
学会 「友人葬」を始める
1991.2.14
「1991 KOMEIぱんふ」(公明党機関紙局発行)大量割り当て
「あのパンフは全国の組織に流された。一プロック当たり、ワンセツト三百円のを、三十~五十セットぐらい割り当てたようです。学会の一プロックはざっと三 十~五十人。これが全国に約二十万プロツクありますから、概算でも二十四億円―選挙資金稼ぎなんでしょうが、この時期、よくも押し付けてくるものです」 (平成3年2月14日号 週刊文春)
1991.2.15
僧侶殴打事件発生
福岡布教区の教説寺に創価学会地域幹部が怒鳴り込んで乱入し、住職の国島道保師に諭争を挑んだあげく、三方(さんぽう。白木の盛りもの台)で住験の頭を何 回も殴る事件までが二月十五日に発生した。国島住職の義父は宗務院の早瀬義寛庶務部長。いま、創価学会から集中攻撃のターゲットにされている役僧である。 直ちに至急報として、全宗内を事件発生情報が駆けめぐり、緊迫感を一層高めるきっかけとなった。(平成3年4月1日号 月刊諸君)
1991.2.18
僧侶が自殺したとイタズラ電話
「二月十八日夕刻、群馬県安中市の「法勤寺」の岸本恭済住職のもとにかかってきた電話は、もっと常軌を逸している。
相手「警視庁捜査一課のヤマガワという者ですが、実はそちらの日蓮正宗の○○さん(総本山商僧の名)が、今日、自宅で自殺されまして」
住職「自殺? 嘘でしよう‥」
相手「警視庁が何で嘘つくんですか」
住職「‥ ‥」
相手「それてね、遺書の中にね、おたくの寺の名前が出て来るんですよ。それて、今晩、群馬県警の担当の刑事を二人、そちらに向かわせたいんですけれと、ご住職のご都合はいかがかと思いまして」
住職「私ですか? は、はい、ずっといます」
相手「サノとオオタニという二名が何いますので、署のほうで二時間ばかり事情聴取をしたいんですが」
住職「は、迎えに来るんですね、わかりました」
相手「では六時ごろ伺いますので、よろしくお願いします」
終始、事務的な男の声。動転した岸本住職はヽこのあとすぐに総本山に確認の電話を入れたが、くだんの高僧は会議に出席中で、完全なデマとわかった。(平成3年3月7日号 週刊文春)
1991.2.19
学会幹部暴言
学会の最高幹部が会員の前で、平然とこんな言葉を吐く(2月19日、岡山・玉野会館)
「‥法師の皮を着た畜生坊主。供養を欲しがるコジキ坊主、本山の僧侶の位なんかクソクラエ。衣は着とるけど、外見は僧侶でも心は腐っとる・・・」(平成3年4月18日号 週刊実話)
1991.2.21
日顕猊下書写の御本尊に功徳変わりなし
「九州本部の『庶務センター』が幹部対象に配布したもので「Q&A」方式で、こう記している。
Q 日顕猊下書の御本尊を拝むことは、どうなのでしょうか。
A 私達が頂いている御本尊は、その時々の法主が大御本尊を書写されたものです。戸田先生(創価学会2代会長、故戸田城聖氏)も幸福製造機と言われており ました。ですから、御本尊の功力に全く変わりはありませんので、ご心配はありません。しっかりど祈念していきましょう。」平成3年2月21日号 週刊実話
1991.2.23
第十五回全国婦人部幹部会(東京・戸田記念講堂)
「出席者の話によると、それは異様な光景だったという。先月二十三日、東京戸田記念講堂で開かれた、創価学会全国婦人部幹部会でのことである。集まった数 千人のご婦人方を前に、池田大作名誉会長をはじめ、秋谷会長ら学会幹部が壇上に勢揃い。婦人部結成四十周年の記念大会とあって、「集いを祝う」意味で、名 曲鑑賞が行われた。(中略)「池田名誉会長が、突然、壇上の幹部を一人ずつ指名して、曲にあわせて踊らせ始めたんです。幹部の方々は、わけもわからず、思 い思いに、炭坑節だとか安来節みたいな踊りを披露してましたが、全然、曲にあわず調子はずれでした」(学会関係者)それを見てはしゃぐ池田名誉会長のカン 高い笑い声だけが響き、次々と踊らされた幹部たちは、それこそ真剣な表情だったという。」平成3年2月21日号 週刊新潮
1991.3.1
「回向」は塔婆の本数で決まるのか
「親や子供、夫や妻を亡くした人の悲しみは、他人がうかがい知ることのできないほど深いものである。ところが、その遺族の心情につけこみ『塔婆供養』を強 要するなど、『塔婆』を金もうけの手段にしている正宗寺院が少なくない。信徒に信仰の範を示すべき僧侶が堕落し、日蓮正宗の清らかな宗風を汚していいもの か。このシリーズでは、全国のなかから目にあまる事例をリポートする」(聖教H3・3・1)
1991.3.5
宗門 SGIへの一任廃止
海外信徒への指導をSGIに委任してきたが、宗門はこれを廃止
1991.3.6
聖教特集座談会「信徒利用の金もうけの塔婆を破す」
(辻武寿・森田康夫・曽根角二郎・田村志津子・山田郁子・山口寿子・望月教子・今井照磨)
◇塔婆の本数は信心の厚薄と無関係
◇塔婆年間数百万本の木材消費
◇追善供養の本来の意義(新報H3・3・6)
1991.3.13
学会、東京第2布教区支院長に「抗議書」を送付
「このほど東京第二布教区(高橋信興宗務支院長)から『謝罪要求書』なる文書が学会本部に送付されてきた。これは、昨年十一月十六日の本部幹部会における 池田名誉会長のスピーチが日顕猊下を軽侮したなどと、全く根拠のない言いがかりをしてきたものである。本来ならば謝罪、反省すべきは宗務当局であり、布教 区である」(聖教H3・3・15)
1991.3.18
法華講支部指導教師指導会(総本山)
猊下「今、色々な問題がありますが、たしかに池田名誉会長の昨年の十一月十六日の発言において、特に法主に対する蔑視・軽視の発言、宗門の僧侶に対する蔑 視・軽視、これも充分認められるところであります。さらに五十二年路線ということに関して、あれ程誓い、あれ程日達上人に対してお詫びを申し上げたにもか かわらず、宗門に対する色々な形での批判とか、そのような考え方が出てきておるようであり、これが最近は特に露わになってきました。前回はあまりに正直に やり過ぎたから、あのように謝らなければならなかったけれども、今度は謝らないと言っているらしい。今度はそれだけ利口になったというような考えらしいの で、そのような発言もこぼれてくるようであります…」(大日蓮543)
1991.3.20
創価新報 ナツトクQ&A 「ズパリ聞く宗門の堕落と謀略」
「宗門は一連の問題の根拠となる重大な箇所のミスを訂正しながら、なぜ学会に謝罪をしないのか。あくまで僧侶の権威を誇示し、その実、金儲けに狂奔するの はなぜか。今、私たちが直面している宗門問題は、一宗の問題にとどまるものではなく、聖職者の在り方や日本の卑屈な精神風土をただす現代の宗教改革ともい うべき大きな意義を持つ。ここでは「新報特選の″ナツトクQ&A″」と題し、谷川佳樹男子部長をはじめ七人の方に、宗門の堕落と謀略の本質をズパリ聞いて みた」(創価新報H3・3・20)
1991.3.20
聖教社説「『回向』の真義を考える」
「回向とは、彼岸や盆などの特別の時だけに行うものではなく、日常的に毎日の動行の際にしていくことが、その基本となる。大聖人の仏法において『常盆、常 彼岸』といわれるのも、その意義である。彼岸に故人の追書を行う風習が日本だけのものであることを考えれば、世界宗教である日蓮大聖人の仏法において、回 向が盆・彼岸に限定される道理はない‥‥故人の追善供養のため塔婆を立てる風習が存在しているが、これは一つの慣習に過ぎず、塔婆を立てなければ回向がで きないというものではない。まして、塔婆供姜をしなければ幸福になれない、などということは絶 対に仏教の教義ではない。塔婆供養の風習は日本だけの、しかも平安時代から始まったもので、仏教の本質でもなんでもないからである。日蓮大聖人が御書にお いて塔婆供養に言及された例もわずかながら存在するが、それは、仏教の本義にたがわない限り、各時代や地域の風習を否定せず、時と場所に応じた弘法を行っ ていく『随方毘尼』の例として拝すべきであろう」(聖教H3・3・20)
1991.3.22
佐賀県支部長会(佐賀文化会館)
秋谷「…仏法が世界百十五カ国に流布し、二十一世紀をリードする大白法として光り輝こうとする時代にあって、江戸時代からの檀家制度の悪弊に染まっている 宗門の改革が求められる。権威・権力の動向を鋭く見抜く英知の人として、威風堂々と広布を前進させ、自身の勝利と満足の人生を築いてほしい…」(聖教 H3・3・23)
1991.3.26
法華講連合会春季総登山会目通り(総本山)
猊下「創価学会員の方々の中において誤った考えに執われておるような人が皆様方の知人にあれば、やはりその人達に対して仏法の正しい道理を説き、そしてあ なた方が盲従しておるところの学会の考え方は誤りであるということをはっきり申し切っていっていいものと思うのであります」(大日蓮543)
1991.3.30
朝日新聞 ルノワール絵画取引疑惑報道
この春に大騒ぎとなった事件。三菱商事が創価学会幹部の依頼を受けて、ルノワールの絵画「浴後の女」「読書をする女」を都内の画商から21億2500万で 購入し、創価学会系の東京富士美術館に41億円で売却。 この内14億7500万円が行き先不明となた事件。その後の調査で、陶磁器販売会社や経営コンサルタントに仲介手数料として12億円を支払っていた事実が 判明し追及されたが、この疑惑は解明されていない。 しかも残る3億円が不明になっている。
1991.3.30
第40回本部幹部会(大田池田文化会館)
池田発言 「葬儀は会館でやれば良い。心配は要らない。葬儀は私たちで出来ますよね、しましょう。全国に会館がたくさんありますから」 「……痛烈なる権力者に対してのパンチ。宗教、ニセ宗教に対する戦いです。だから、最後は、もう牧師も坊さんも誰でもきくんだよ。もう何にもできないよう に。だけども毅然としてて″何だ!″と、このねぇ、ニセ物が! という。最近ねえ、お葬式が多くなって、ともかくもう、全部会館でやればいいんだから、あ るんだから、全部……」  場内で録音される危険を感じたのか、ジェスチャーを使って次のように表現したという。両手で宙に大きな四角を描いて、「イラナイ!」。同じく、今度は小 さな四角を描き、「イラナイ」。いったい、なにがイラナイのか。 東京都下で、壮年部支部長を務めるA氏がこうショッキングな解説をしてくれる。「最初の大きな四角の意味は本尊のことだと思います。実は、現在、学会では 全国で会館を建設しており、完成すれば館内に安置する大きな本尊が必要になる。しかし、宗門とケンカしていて本尊がもらえない。そこで会員の間から、どうするんだ、という質問が出ているんです。2番目の小さな四角は、おそらく位牌のことでしょう。宗門僧侶にお葬式を依頼しなくなりますから、当然、位牌も関係がなくなります」(平成3年5月2日号 週刊実話)
➡池田が公式に友人葬を指示する発言。
御本尊は学会で発行することはできないと認識していた発言。
1989.4.13
男子部300名が福岡県・開信寺に殴り込んで集団暴行事件
全国の寺院で妨害、居座り、面談強要、参詣者に対する暴行が頻発する。
1991.4.25
県長会議全国事務局長会(東京広宣会館)
池田 友人葬指示
「『全国で学会幹部による葬儀を行なうようにする。ただし学会本部の指示で行なうのではなく、会員の要望を受け入れて実施する体裁をとりつくろうように』として、3項日の秘密指示が出された。
①学会葬は全国の会館で執行
②学会員に学会葬を希望させ雰囲気を作る
③あくまでも会員の強い要望があったとする (諸君H3・7)
1991.4
日顕上人に実弾入り脅迫状が届く。
本山塔中・妙遠寺に銃弾が打ち込まれる。
 
新会館へ模刻本尊安置
「学会本部職員から宗門戦争について連絡があった。寺院を通して参詣登山した学会員は自動的に学会を退会したとみなすとのこと。破門された場合、最も困るのは信仰の対象であるご本尊の問題だが、これについて幹部職員は「いままでいただいたご本尊を流用しているが数が足りない。新しい会館がオープンするとご本尊を備えなければならないが、数が足りないのでおそらく模刻している。模刻がバレるので新しい会館オープンのことは聖教新聞に載せないみたいだ。宗門から模刻をチェックされるのを恐れているようだ」『乱脈経理』矢野絢也
1991.5.7
1991.5.14
去る5月14日夜、福井県福井市の学園町方面で、地域の月例行事である「座談会」が開かれた。 同座談会に出席したM副会長は、多くの会員を前にしてこう発言をした。 「宗門には金があり余っていて、学会が必要でなくなったため、池田(大作)先生を切った。今も1日2万人の登山者があり、1人1600円の御開扉料として、1日2億円入る」 すると、会場にいた会員の1人が発言。 「3200万円ではないのか。数字がちがう」 会員 「お金で宗門をなじるとは何事か!」 会員その他 「そうだ、何事だ」 (平成3年6年6日号 週刊実話)
➡「宗門は金が余って」とは全くのデマ。自分が負担した学会への財務・新聞書籍代と、宗門への御供養の額を計算すれば一目瞭然であろう。
1991.5.22
青年部、新「大学校」運動を展開
◇男子部「オープンハウス大学校」を新設
◇女子部「大学校フェステイパル」(聖教H3・5・22)
1991.5.28
学会本部 宗門に添書登山の件について話し合いを要請する「書簡」を送付
1991.6.5
宗門 学会員へ登山のお知らせを各全国紙朝刊に広告掲載
来たる7月2日から、創価学会の皆さんの総本山大石寺への登山(御開扉願)の手続き方法が変わります。 今まで皆さんの月例登山会はすべて学会の組織を通して行なわれて来ましたが、今後は本宗本来のあり方に戻し、総本山と末寺において取り扱うことになりまし た。従って7月からは学会員の皆さんが登山されたい時は、各所属寺院から発行する添書を所持して個々に登山することになります。 【写真全国紙広告➡】 
1991.6.10
正興寺新築落慶法要(埼玉)
猊下「‥創価学会などは、大聖人の御信徒を『自分の信徒だ、自分の手下だ」と考えているのです。そして、そこに執われておりますから、大変な嘘まで言って、何とか自分の支配するところにつなぎとめようとしております。そのような姿を外道の我所見というのであります…‥今日、ひどい嘘によって僧侶を誹謗し、あるいは『塔婆などはくだらないことだからやめろ」とか、『寺には行くな」などと言って大聖人様の仏法を護持する宗門を迫害せんとする創価学会の者達がおりますが、これこそが因果撥無の姿であります…」(大日蓮545)
1991.6.14
SGI会長、ヴァイツッゼカー大統領と会談
ドイツの有力経済紙
<東京のドイツ大使館の明確な反対にもかかわらず本日予定されている、連邦大統領と日本創価学会会長の会談は、致命的ともいえる誤った決定である>
と伝える。
1991.6.17
財団法人・平和墓苑 法人税(3年分)を修正申告
「群馬県渋川市の財団法人・平和墓苑(はるな平和墓苑)に対する関東信越国税局の税務調査が、このほど終了した。その結果、同財団の経理に不正は一切ない ことが明らかになったが、墓園事業の税法上の取り扱いについて理論的な解釈の相違があり、十七日、昭和六十二年度、同六十三年度、平成元年度の三年分の法 人税の修正をした。三年分の修正所得金額は約五億七千万円で、これに対する法人税約一億五千万円を高崎税務署に納税した」(聖教H3・6・18)
1991.6.18
フランスの大衆紙「パリジャン」創価学会を特集
〈内務省国土監視局(DST)が、フランス創価学会に関心を持って調査中……〉
DSTとは、スパイ活動など国の安危に関わる事柄を調査する内務省直属の機関だ。 平成3年7月4日号 週刊文春
1991.6.25
広布30周年イギリス記念総会(イギリス・タプロー・コート)
池田「…仏道修行は、水の流れるように『たゆまず』前に進むことが大切である。忙しい時や疲れきっている時、その他、さまざまな事情で勤行が完べきにはで きない時もあるかもしれない。そういう時は方便品・自我偶の勤行、また唱題だけでもよいと思う。ただ決して『止まらない』こと、『やめない』こと、『続け る』ことである。ともあれ、だれが決めるのでもない。信仰は自身の『権利』である。やった分だけ、境涯は開け、自分が得なのである…」(聖教H3・6・ 27)
1991.6.27
池田 大衆車と高級車を使い分け
本部職員や会員が見てるところでは、池田氏が学会本部を出るときは、乗る車が大衆乗用車。それが高速道路に入る直前、渋谷神宮近辺で素早くキャデラックに乗り換えるんです。そ れで終わりではありません。東名高速で静岡県富士宮市の総本山に向かうでしょう。今度は、富士インターの高速出口を出てから、再びキャデラックから元の大 衆乗用車に乗り換え、総本山に到着するんです。会員の前ではゼイタクを隠し、庶民ぶる演出ですよ」(原島嵩氏)平成3年6月27日号 週刊実話
 
海外の脱会者
創価学会本部によれば、海外の学会員は百二十六万三千人。世界百十五カ国に及ぶという。しかし、今回のニュース番組や大石寺との争いが原因で、脱会者が海外で続出していると学会ウオッチャーは話す。
「ロス支部で八十名、ニューヨークで百五十名脱会したと聞いています。また、韓国では六十万人いた学会員のうち十万人が辞めたそうです。海外の学会員の数は実質五十万人とみていいと思いますよ」平成3年6月27日号 週刊新潮
 
三菱商事の株主総会
当初、「騒ぎに迷惑している」と、絵画取引には一切無関係を装ってきたが、やがて売買の現場(帝国ホテル『桂の間』=平成元年3月28日)に、八尋頼雄副会長(学会顧問弁護士)が同席していた事実を報じられると、学会側は、「紹介者として立ち会ったもの」 と、弁明。絵画取引をめぐって、学会最高幹部の関わりは認めたものの、「学会は絵画取引には全く無関係で、不明金騒ぎは極めて迷惑」(『読売新聞』4月3日付)と、同会の山口総司広報室 長がコメントを出していた。
 ところが、創価学会側のこうした説明が、ウソだったわけだ。 前出・社会部記者がこう言う。 「三菱の諸橋社長の口から初めて、八尋副会長から直接購入の依頼があったことを明らかにされた。さらに発言で注目したいのは、三菱が支払った36億円は、 最初、八尋副会長に手渡したこと。しかも、その架空のフランス人名義の領収書は、三菱が、八尋副会長を通して受取っていた。ここまで説明されたら、学会 は、絵画取引に無関係どころか、むしろ深く関与していたことを認めるべきでしようね」 平成3年7月18日号 週刊実話
1991.7.2
宗門 添書登山方式に切り替え
創価学会組織での登山申込みから、末寺での添書申込みでの登山方式に変更
1991.7.3
谷川男子部長、猊下に質問書を送付
(偽書「通諜」について宗門の謝罪を求む) 「戦時中、軍部政府による神札の強制に対し、敢然と拒否、殉難の歴史を歩んだ創価教育学会。それに対し、宗門は、戸田理事長名による『通諜』なる文書を持 ち出し、学会が神札を容認していたとの言いがかりをつけている。それが、宗門の時局協議会資料収集班一班による、『「神札問題」について」と『日蓮正宗と 戦争責任』との二つの文書である」(新報H3・8・7)
➡通牒は戦前の学会幹部が所持していた真正なものとして残存。
1991.7.13
創価学会諸精霊追善勤行会(東京・新宿平和会館) 池田「…私どもは日蓮正宗の信徒であり、正宗の正しき伝統にのっとらなければならない。その上で、今日は、さまざまな質問もあると思うので、御書と日達上 人の御指南を拝しつつ、一般論として、懇談的にお話ししておきたい。成仏は、どこまでも自身の正しき信心、正しき仏道修行によって決まる。葬儀等によって 決まるのではない。(御書には、『葬儀』『葬式』という言葉は一度も用いられていない。〉……また戒名について言えば、御書には『戒名』の語は一度も用い られていないと記憶する。『法名」「法号』の語は用いられている。〈『伯耆房日興』『蓮蔵房日目』等、大聖人が門下に与えられたのが『法名』『法号』であ る。)……戸田先生も、現在のような戒名は必ずしも必要ないと常に言われていた…」(聖教H3・7・14)
1991.7.17
学会と三菱商事の陶磁器取引き明るみに
三菱商事がルノアール絵画購入の三日後、中国製陶磁器200点を学会の委託を受けて、造船会社から22億5千万円で購入し、一年間東京富士美術館に預けてから、買値より7億円高い値段で学会に売却されたといわれる。 そもそも、東京富士美術館は高価な美術品を買う資金に不足しており、実態としては学会側主導で品物を買い、美術館へ提供されている。
1991.7
浄財を財テクしていたことが発覚
創価学会が国際証券に4億5700万円もの損失補てんを行っていたことが明らかになった。 これは大口顧客への特別扱いとして社会問題化した事件であるが、その顧客リストの中に創価学会が入っていた。
➡このとき、国際証券に勤務していた学会員がこれを担当することとなり、不信に思う。
1991.8
脱会者へ嫌がらせの手紙
脱会した青森に住むNさんに“創価学会信奉者”なる者から嫌がらせの手紙が届く。 「前略 一筆申し上げます。Nさん私たちを馬鹿にした行動は、私たち学会員に対する挑戦ですか?・・・いつか、かならず一家の人達に不幸が来るかもわかりません。(中略)私たち学会員一同のいかりはこわいです。一つ気をつけて下さいね。(中略)N一家江 元友人から」
1991.8
第二回目の国税調査
'91/9月~'92年4月にかけて国税(料調)調査入る
墓石販売収入80億円余りが追徴課税を逃れ
学会の墓地は永代使用料・墓石をセットで販売。税法上、土地は非課税だが、墓石は課税対象となる。この区別は小学生にも分かる単純なものだが、学会はこれ らをすべて非課税扱いとして法人税を逃れていた。そこに国税当局の手が入り87~89年度分を修正申告、追徴6億円を支払った。 しかし、それより昔の 「戸田記念墓地公園」「富士桜自然墓地公園」の分はすでに時効を終えており、難なく課税を逃れていた。その後も学会は姿勢を改めることなく、この91年度 も総額30億円近い巨額の修正申告を行っていることから、税金逃れをあの手この手で行っていたことが明らかだ。
 
【時効成立の怪】
本来7年ある時効期間が3年で“なぜか打ち切られた”ことによる。 この経緯について、社会党・渡辺嘉蔵議員が、平成4年2月26日に衆院大蔵委員会で質問している。 「この修正申告は、3年で打ち切っておられるように思われるんですが、時効は7年ある。調査の時効も5年はあるんです。私は、何も7年全部とかいろんな事はいいませんが、少なくとも私は3年で打ち切った理由はなぜか。これは余りにも金額が大き過ぎるからなんです」 この追求に、出席した羽田大蔵大臣、国税庁・宮沢次長らの中から、中川徴収部長が答弁に立ったが、その理由については一切答えなかったのである。
1991.8.18
第4回北海道総会(北海道・函館研修道場)
池田「… 『本尊』のための本専ではなく、まして『僧侶』や「寺院』のための本尊でもないと。大聖人の門下においても、かりにも、御本尊を仏子を脅かす″道具″にし たり、金儲けの″手段″にするような行為があれば、それは大聖人の仏法を破壊する『大悪』であると、私どもは断ずる……私どもが、どれほど真心を尽くし て、宗門にご奉公し、多くの寺院を寄進申し上げてきたか。宗門の世界的な大発展を実現してきたか。これは、だれびとも否定できない事実である。それにもか かわらず、私どもが真心から御供養した寺院を私物化し、まして信徒をいじめ脅かす僧侶 がいるとすれば、まさに『信仰の横領」というほかない…」(聖教H3・8・20)
1991.9
池田・内藤国夫対談
内藤 ケンカ両成敗です。どちらにも改めるべき、反省すべきことはあるはずだ。信者だからといって宗門に平伏する必要はない。そうではないですか。
池田 信徒は宗門に随順すべき立場にあるのです。学会執行部が、御法主上人猊下のご指南を受け、御宗門の先生方とも、とことん話しあっていく以外にないのです。そのうえで、誠心誠意、各寺院を外護し貫いていく。そういう決意でいます。 平成3年9月1日号 月刊現代
➡この頃の池田は明らかに二枚舌。
1991.9.19
各部代表協議会(学会本部)
池田「…御本尊への供養を自分や家族のぜいたくのために利用したり、供養して当然と傲ったり、いわんや脅して供養を強要したりする者がいれば、大聖人に師敵対する謗法の者であろう…」(聖教H3・9・21)
1991.10.4
スペインで法人「正法日蓮正宗スペイン」許可
1991.10月ごろ
創価学会・SGI 日顕上人退座要求署名運動を開始
12月度全国県長会議(12月6日)において公表した総数、国内で1416万、海外を含め1619万名分
1991.10.21
日蓮正宗 創価学会へ『通告文』を発送。 学会葬などの化儀破壊行為を改めるよう通告
1991.10.23
第41回中央会議(東京・創価文化会館)
秋谷「昨年の夏、宗門は、いわゆる『C作戦』なるものを画策していた。『C作戦』とは、学会、名誉会長を『カットする』=『切り捨てる」という作戦であ る。つまり、名誉会長を総講頭から解任し、日蓮正宗と創価学会とは関係がないと世間に公表し、学会組織の徹底的な壊滅を謀る、というものである。(聖教 H3・10・25)
➡実際のC作戦は、学会側が行っている。
1.会員の登山止め。
2.後の大御本尊否定(会員と大御本尊を分断)
1991.10.30
学会 緊急会議
宗門を批判しつつも御本尊についての不安の声上がる。 「破門には訴訟で対抗する。猊下も裁判に引っ張り出す」福島弁護士
1991.11.3
全国壮年部幹部会(東京・創価大学)
秋谷「…学会は一貫して、大聖人の仰せ通り、正法・正義を行じております。したがって、正法・正義を実践するのが日蓮正宗であるなら、創価学会こそが日蓮正宗であり、謗法の宗門は異端であります…」(聖教H3・11・4)
1991.11.7
日蓮正宗 創価学会へ『解散勧告』
創価学会は、本来、唯授一人血脈付法の法主の指南、及び教導のもと、日蓮正宗を外護し、広宣流布へと挺身すべき本宗信徒の団体であります。  
 ところが、最近、創価学会は、自らの本分を忘れ、本宗信仰の命脈たる下種三宝義、並びに血脈相伝義をはじめとする本宗伝統の化法・化儀を、己義をもって 改変し、他宗教さながらの様相を呈しております。日蓮正宗としては、これまで慈悲の立場から、種々の指導・善導に努め、教誡等をもって反省懴悔を求めてき ましたが、創価学会は、全くこれを無視し、かえってあらゆる手段をもって、法主・宗門に対して、誹謗・攻撃を加えつづけてきております。 【全文】
1991.11.7
読売新聞夕刊 「現在の学会の活動路線そのものが同宗の教義に折り合わないことを明確にするため、解散勧告を行うことに固まったとみられる」
1991.11.7
11月度全国県長会議(東京・広宣会館)
副会長の総数は180名に 総合教学部長に青木副会長が、新教学部長に斎藤克司が就任。47人の新師範が発表(聖教H3・11・8)
1991.11.20
総本山御会式(総本山)
猊下「今や創価学会は、その本来の正法広布の目的と使命を忘れ、大聖人の五段の相対の元意と甚深の法脈に背き、特に、内外雑乱して世間に媚び・・・かかる 池田創価学会は、もはや、昔日の如き正しく正法を弘通する団体ではなく、自らその使命を放棄した、三宝破壊の集団と化しております。故に本月の七日をもっ て、宗門においては、創価学会に対し、断固、その解散を勧告いたしました…」(大日蓮550)
1991.11.24
日顕猊下書写の御本尊問題ない
もう一点、「極悪」とか「天魔」とか呼ばれる日顕法主の書き写したご本尊を拝むのに抵抗はないでしょうか。
野崎(副会長) 抵抗ある人は、いると思いますよ。いますけど、ご本尊というのは、日蓮大聖人が書いたものをそのまま 書写しているわけですよ。日本語では書写ですが、英語でいえばコピーですよね。ご本尊に功徳があるんであって、法主であれば誰が書写したかというのは、問 題じゃないんですよ。 信徒としては、本山に参拝したいと、思いますよね。
野崎 当初、確かに寂しいという人もいましたけど、同時に、こういう形になってきちゃうと、その本山の座主は日顕法主 ですよね。法主自身が狂っちゃってるんだから、会員は、そんなところ行きたくない、という心情になっていますよ。あの法主が退座するまでは本山に行かな い、という皆さんが多いんじゃないですか。 (平成3年11月24日号 サンデー毎日)
1991.11.28
日蓮正宗 創価学会及びSGIを『破門』
「創価学会は、法主並びに宗門の、たび重なる慈悲の教導に背反し、本宗の法義・信仰を著しく改変して、仏法破壊の大謗法団体と化したのであります。ここに おいて、本宗は、創価学会の過去における外護の功績が、いかに甚大であろうとも、謗法厳誡による宗門七百年の伝統法義護持と真の大法広布を目指す上から、 もはや日蓮正宗の信徒団体として認めることができません。よって、日蓮正宗は、宗教法人創価学会を破門に付し、以後、日蓮正宗とは無関係の団体であること を通告いたします。さらに、このような創価学会の指導を受け入れ、同調している全てのSGI組織、並びにこれに準ずる組織に対しても、これを破門に付し、 以後、日蓮正宗とは無関係の団体であることを通告いたします」(大日蓮550)
1991.11.30
創価ルネサンス大勝利記念幹部会(東京・創価国際友好会館)
秋谷会長「新入会メンバーや分世帯の方々の御本尊下付の問題については、海外のメンバーと同じように、何の心配もありません。また、日本全国どこへ行って も会館もあり、また、どこの家庭にも御本尊が御安置されているのですから、そこへ行って勤行をさせてもらえばよいのです。あくまでも一人一人の信心の姿勢 が大事であることを、互いに銘記したいと思います。」聖教新聞 1991.12.2付
 
福島源次郎元副会長ら脱会
1991.12.2
御本尊不要論への布石
「戸田先生は御本尊のない“地獄”のごとき牢獄で二年間を過ごされた。そして、あの偉大なる境涯を開かれた」聖教新聞 12/2付
➡牢獄に御本尊がないのは当たり前。戸田は終生、御本尊流布を行った。
1991.12.2
第49回本部幹部会、第3回埼玉総会
「本日は、学会が〃独立記念日″を迎えてから第一回の本部幹部会となった。」池田発言
➡独立記念と喜ぶのなら、破門を下した宗門へ感謝すべき。
➡52年路線の時、日達上人も学会破門を想定、しかし、池田は破門しないよう懇願していた。
1991.12.20
創価学会の処置と今後の対応について
「平成三年十一月二十八日付をもって、創価学会に対し破門を通告いたしました。さらに、創価学会の指導のもとにある、SGI組織並びにこれに準ずる組織に 対しても、併せて破門を通告いたしました。従って、創価学会、SGI組織及びこれに準ずる組織は、日蓮正宗とは無関係になりました。この破門により、宗門 は創価学会を認めないことになりましたが、個々の会員が寺院で受けた御授戒・御本尊下附は、創価学会員としてではなく、日蓮正宗信徒として受けたものであ るから、個々の会員については、日蓮正宗信徒としての資格は残ります……
一、御本尊下附
二、御授戒
三、総本山登山
四、御報恩御講
五、各種法要・諸願
六、墓地
七、会館入仏式等創価学会からの願い出は一切受け付けない」 (大日蓮552)
1991.12.25
『日蓮世界宗創価学会』を出願
創価学会は正式名称を日蓮世界宗創価学会変更するため同日、出願。平成5年3月31日認可。何の手違いが、「日蓮世界宗」の名称も同時に出願。【資料→】
 
この年から、学会は日蓮正宗を相手取り膨大な訴訟を起こすが大敗。 学会が起こした訴訟138件、宗門が起こした訴訟40件の計178件。 宗門が118件で勝訴。38件は裁判所の勧告による和解、学会の勝訴はわずかに22件(平成20年6月現在)
 
SGI会員 約60万人が脱会、海外組織は壊滅状態となる
 
官房機密費 公明幹部に260万円支給(高級紳士服代として)

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