---SKD創価学会・顕正会脱会ネットワーク---   

 

 重病で姿消して7年、学会幹部の内部告発による池田名誉会長の現状が明らかに!


                           ↑日蓮正宗 本種寺・武田講頭(掲載許可済)
 池田名誉会長が突如として表舞台から姿を消し、7年となる。しかも、掲載された池田氏の写真たるや全くの無表情で、目の焦点が合わず、足も棒のように痩せ細った、不自然な写真ばかり。そんな状態を7年も続けていながら、「池田先生は元気にしています」といった嘘や、「執筆に忙しくて会合に出席する時間がない」等といったゴマカシだけだ。池田大作が脳に重大な障害をきたし、〝生ける屍〟と化していることは、もはや誰の目にも明らかである。人間主義の団体ならば、正直に「池田先生はご病気なのでみなで回復を祈りましょう」が筋ではないか?

創価学会 会長一家が創価学会から脱会!日蓮正宗に帰依したことを学会は隠している

●横領された遺品例(ごく一部)

↑戸田会長が愛用していた半纏(実物)


↑獄中で使用した牛乳瓶蓋の数珠(実物)


↑獄中から幾子夫人への手紙(実物)


↑骨董品として所持していた刀(イメージ)


↑戸田会長の眼鏡(実物)


↑戸田会長の眼鏡と懐中時計(実物)


↑日蓮正宗 本種寺・武田講頭(掲載許可済)
●なぜ戸田会長一家は創価学会を脱会したか。
経緯-1)
 戸田会長の死去後、池田大作は最初に戸田の遺産や香典、美術品をすべて自分のものにし、〝香典泥棒〟を自らの手で行ったのである。当時東京蒲田支部の男子部部隊長だった某は次のように語っている。
「戸田会長が死んで1ヶ月も経たないうち、トラック2台、運転手を入れて6人が戸田家に行った。私はその一人であり、私のほか、竜年光、大田区議をしていた園部恭平などがいた。戸田家にはすでに白木薫次と池田が詰めており、十文字に麻縄をかけられた茶箱をトラックに積み込んだ。あまり積み上げるなということで、二段に重ねただけである。
 当時のトラックは小さく、荷台は二畳半から三畳のスペースしかなかった。荷物には二人がかりでやっと持ち上げられるほどに重いものや、軽いもの、あるいは外見から刀剣と分かるものなどがあった。幾子夫人は険しい顔をして応対が悪かった。私たちはそれを本部に運んだが、乗用車で追いついた白木と池田の指示で裏口近くの物置きに収めた」

 かくして、戸田城聖の財産は、池田創価学会の手により、池田創価学会に運ばれてしまったのである。

経緯-2)
 更に、戸田の葬儀後の池田の行動について、三代会長候補であった石田次男氏が次のように述べている。
「恩師戸田先生逝去直後、御本葬から十日も経たないうちに、池田氏は戸田家に赴いて、香典四千万円の方は渡さずに、幾子奥様から、戸田先生の御遺品を持ち出し、そのうちの一つとして先生御所時の刀を借り出した。
 池田の意思ではなくて小泉筆頭理事の意向、と称して『戸田会長の御遺品は学会として大切に永久保存させていただきたいので、曲げて御承諾ください。お願いします』と、懇願という形で、強引に談じ込み、承諾を克ち取ったのである。吉崎区議を指揮者とする運び出し実行部隊は、トラックで運び出した。持ち出し量の多さが知れようというものではないか。池田氏は、その後10年も15年も経ってから、この刀を創価学会宝展へ出品した。場所は八王子の東京会館。時は昭和58、9年頃のことである。何気なく同展を見物に出かけた奥様は『その場で真っ青になって、卒倒せんばかりに驚いた』――同行した御子息夫人の打ち明け話――とのこと。その説明書きには『池田会長が戸田先生から生前に拝領した刀です』とあった。」

 いかにも精神詐欺師らしいではないか。この刀、いまだにもって戸田家には返されていない。池田は恥知らずにもこの刀を「代々の会長に伝える重宝」だと言っていたという。

---- 結果)
 池田大作は、「師弟の道」を口にしながら、恩師が亡くなると家に押しかけてその遺品を奪い、自らの権威づけに利用、あろうことか戸田会長一家を半村八分に追いやったのである。こうした池田の傲慢・独裁なやり方に、戸田会長一家は長い間苦しめられ、当然ながら辟易していたのである。
 戸田城聖の息子の喬久氏は、一時期、創価学会の顧問になっていたが、これは単なる名目上であり、喬久氏が創価学会の運営に関わる権限は一切与えれなかった。
 このような経緯から、戸田会長一家は池田大作が三代会長に就任してからは、池田とは絶縁状態になり、創価学会ともほぼ疎遠になったのである。  時を経て、平成3年に学会が日蓮正宗から破門された際には、戸田会長一家は創価学会を脱会、日蓮正宗信徒の道を選んだ。
 戸田城聖の未亡人・戸田幾子氏は平成12年(2000年)、喬久氏は平成25年(2013年)に 死去しているが、その葬儀はいずれも学会葬ではなく、日蓮正宗の僧侶を導師として営まれている。


↑戸田会長一家:昭和15年・大石寺山門にて
 左端:幾子婦人 下中央:長男・喬久

↑昭和7年:自習学館にて
 左:六十五世・日淳上人
 右上:幾子夫人

↑昭和11年:大石寺にて
 左下:幾子夫人
 

創価学会は、大御本尊、三宝、三大秘法を捨て去る〝外道宗教〟 次の本尊は何か?


 
↑勤行改訂で「諸天供養」と
「日目上人への報恩」を削除した。
   ■戸田先生指導『創価学会の信者などいない!』


池田は戸田先生と真逆路線へ→日蓮大聖人と決別!
 ■■■『日蓮本仏論を捨てた創価学会』■■■
【宮田教授(創価学会教学アドバイザー)語録抜粋】
●11:58
日蓮にあまりに執着しすぎるために、現代では適応できない日蓮の教義すら絶対の真として執着する。そりゃ直したほうがいいんじゃないの?
●17:11
教義についてはSGIは先行している。SGIのHPの日蓮(項目)には、仏陀=釈尊→法華経→日蓮。SGIには日蓮本仏論などこんなものはない。
●21:09
基本的には、日蓮正宗は日蓮に真があったんだという前提で、いくつかの怪しげな御書を引用して頑張ってるわけですけど、(創価学会は)基本的にそれはもうやめようと、日蓮大聖人本人が日蓮本仏論をもっていたという立場はもうとらない。しかし、我々(創価学会)が信仰のモデルというか、どういうことをやるのかというお手本として、日蓮本仏論というのを作り直すことができる。

■なぜ創価学会は2015年11月8日、
 勤行改訂で「日目上人への報恩」を削除したか!?

 創価学会が、日蓮宗(大石寺以外の日興上人門流)から日蓮大聖人御真筆の御本尊を購入すれば、日興上人までの付属と、釈迦本仏論の両方が成り立ち、新たな総本山が手に入る。よって、日目上人以降は僧宝として認められない(勤行から外す)という戦法であろう。

今の創価学会がいかに間違っているか、戸田先生の実際の声を聴いてみましょう

 戸田会長の実際の声を聴いてみて下さい。戸田会長はどんな目的で創価学会を再建したのか、御法主上人猊下、宗門に対してどのような考えを持っていたのか、そして命懸けで目指した広宣流布とは何だったのか、その本義・本心を知る事ができます。また、宗門から見た戸田会長の信心を知る事ができます。

顕正会は【大石寺】でも【日蓮正宗】でもありません!
日蓮大聖人に背き、広宣流布を阻み、災難を招く〝亡国・暴力団体〟です!

 
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◆◆◆日蓮正宗 総本山・大石寺 〜法灯750年の清流〜◆◆◆
日蓮正宗(宗門)のみが、世界平和に向かって、正しく日蓮大聖人の仏法を弘めています

 日蓮正宗は、建長5年4月28日に、日蓮大聖人が“南無妙法蓮華経”の宗旨を建立されたことにはじまります。 日蓮大聖人は、多くの法難に遭いながらも、法華経の肝心である南無妙法蓮華経を弘め、弘安2年10月12日、信仰の根本である本門戒壇の大御本尊を建立されました。 以来700有余年、日蓮大聖人の仏法は、日蓮正宗総本山大石寺にのみ、正しく伝えられています。平成28年現在、海外約55ヶ国に日蓮正宗信徒がいます。海外信徒数は約60万人、国内信徒数約65万人、合計125万人を越え、真の世界平和実現、広宣流布に向かって折伏活動を行っております。
 The main goal is “Kosenrufu,” and “world peace through the propagation of Buddhism.”


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