---SKD創価学会・顕正会脱会ネットワーク---   

 

 ●戸田城聖先生が教えてくれた〝究極の信心〟とは、どんな信心だったのでしょうか。
 ●戸田城聖先生が叫んでいた〝絶対的幸福〟とは、どんな境涯だったのでしょうか。
 ●そして、戸田城聖先生が命懸けで目指した〝広宣流布〟とは、どんな世界だったのでしょうか。


戸田城聖先生の実際の声を聴いてみましょう (字幕有効)



 1)重病を治す御秘符は日蓮正宗 総本山・大石寺にしか無い (字幕有効)
 
「されば日蓮悲母をいのりて候ひしかば、現身に病をいやすのみならず、四箇年の寿命をのべたり。」(可延定業書)

 これが、御本山において、いよいよ病重し、医者ではどうにも手のつかんという時に皆様に差し上げる御秘符(ごひふ)のことです。
 大聖人様のお母さんがいよいよもう死んでしまう、その時に大聖人様が、我が仏法もしこの土に弘まるものならば、母の命を助け給えと言うて差し上げた御秘符(ごひふ)によって息を吹き返し、病気も治り、4ヶ年の間生きていらしたのです。この御秘符(ごひふ)だけはですね、なんぼ私に書けと言っても書くわけにいかない。あんた方も作るわけにいかない。これは、大聖人以来、法主猊下の口伝であります。法主猊下以外はお造り申し上げる事はできない。それを、今あるのは、日蓮正宗の富士大石寺にしか無いのだよ。この秘事は知らん事だ。迷信だとか何とか言う者は言うとけ。命を延ばす、本当の秘伝はこれにある。
 ※創価学会が過去に配布していた「護符(ごふ)」は偽物です(効果はありせまん)。

  2)御本尊書写は御法主上人猊下の権能 (字幕有効)
 ただ御本尊の真似はしてはいけませんよ。 御本尊を書くことは法主様以外にはできないんだから。 それでこれをやると罰が出る。 御本尊を書いた者でろくな死に方をした者はいない。これだけは危ないからやるなよ。

 ※創価学会のニセ本尊(コピー)も同罪です。

 3)ニセ本尊を拝むとロクな死に方をしない (字幕有効)
 
質問:謗法のお曼陀羅でも「南無妙法蓮華経 日蓮」となっているのがあるでしょうか?

 あります。これはあるよ本当に。あったからって中身は本物じゃないぞ。格好だけ似ているだけだ。ありますよ。

↑奉安殿(昭和30年頃)
 大聖人様の本当の大御本尊様は、あんたがたが登山して、奉安殿で拝むあの御本尊の図式が、あれが本式なんです。本部の御本尊様の図式になっておりますが。大聖人様は闊達なお方でございまして、お若い時代には「南無妙法蓮華経」と書いて、ちゃんと御本尊を書いてね、「日蓮」ってのはこっちの横っちょの方にシューっと「日蓮」なんて書いてあるのがあるんだよ。お手紙でもね、ザーッと書いてて紙が足りなくなると途中からちっちゃなちょっちょとお書きになる。
 そういう闊達なお方ですから、だから大御本尊様の本当の図式は、これは極説中の極説と申しまして、奉安殿の御本尊様のお姿が本当の大聖人様のご決定版です。
 ほかの物はあれに似たような御本尊様を真似してね、そして「南無妙法蓮華経 日蓮」って拵えてるのはあるけれど、そりゃ駄目だ。中身が違う。三大秘法が整っておらんからダメなんです。
 そこが、三宝に意味も違えば、三大秘法の釘もさしていない。格好だけ似せたにすぎないんだよ。だから、あの、有名な由井正雪、あの時代にはとっても偽物が流行ったんです。御本尊様の偽物が。あれを、自分でも書いたそうだ。それからもう一人書いて、非業の死を遂げたのは、有名な大阪の大塩平八郎か。あれも御本尊様を書いたそうです。だからあれらの書いた御本尊なんかよーく似ているそうだよ。そういうものを拝んだらろくな最期にならんから、偽物の御本尊は拝まんようにせにゃならんとワシは思います。
 じゃ、今日はこれで終わろうか。じゃ、今日はこれで終わろう。(拍手→題目)
 ※創価学会のニセ本尊(コピー)も謗法の曼荼羅です。

 4)お寺へ尽くすことと、御本山への御奉公は、当たり前のこと (字幕有効)
   それで、寺ができた以上には、今度、私の言うことを忘れずにいてほしいのは、信心を基調にして、折伏することと、お寺を大事にすることと、御本山へ尽くすことは、あたりまえのことなんだからね。  それが自慢のようになっては、もう、信者としては資格がない。
 いいか、もう一度言うよ。折伏することと、お寺へ尽くすことと、御本山への御奉公は、当たり前のことなんですよ。それをしたからって、なにも偉いんじゃないんだよ。ここに寺が建った以上は、この寺を大事にしてもらいたい。坊さんが飯を食えんなんて事のないように、ちゃんとしなさいよ。お正月あたりには、御本尊様への御奉公として、餅の一切れや二切れ持ってきて御本尊様の前に供えるような事を忘れちゃいけませんよ。わかりましたね。
 ただし、御住職を威張らしてはなりませんぞ。お世話を申し上げ、お寺のご奉公は当然であるけれども、昔から悪い癖がある。坊さんは、信者を家来か召使 いのごとく思う悪い癖がある。断じて、高崎では、そうであってはなりませんよ。弟子・檀那と申しまして、御僧侶方が将校でありますれぱ、われわれは兵隊 であります。しかし、折伏戦という大闘争となった時に、将校が動かないからといって兵隊は黙って見ているわけにはいきません。将校を乗り越えて闘争しなければならないのです。この点をよく腹に入れて頂きたい。

 5)真の異体同心とは何か (字幕有効)
 しからば異体同心という言葉はいかなる言葉であるかという問題です。異体同心の心という字は、「観心本尊抄」の観心に通ずるんです。観心が、観心が同じだから異体同心と言うのであります。観心とは何を指すか。弘安2年の10月12日の大御本尊様を信受奉るという心が同じだから異体同心と言うんですよ。
 ※創価学会は、平成26年11月8日、
「弘安2年10月12日の大御本尊を受持の対象にしない」と発表した。

 6)真の広宣流布は日蓮正宗のみ (字幕有効)
   先ほどから、広宣流布ということについていろいろと話されましたが、広宣流布ということは、大聖人様のこの世へお出ましになった本願でございます。
 しこうして、われわれに対してのご命令であります。それは広宣流布するならば、この世の中が平和になる。
 世の中から、貧乏というようなもの、病気というようなものを放擲(ほうてき)できる。民衆の幸福のために、大御本尊様を広宣流布せよと、ご命令になったのであります。しからば、こういうことが一応考えられる。「日蓮宗というものが数たくさんあるんだから、どの宗旨が広宣流布してもよいじゃないか。」と一応は考えられる。だが、それは、ほかの宗旨に対して御命令はないのです。わが日蓮正宗のみに、広宣流布のご命令があるのです。

 7)日蓮大聖人 出世の本懐の大御本尊 (字幕有効)
 
 (日蓮大聖人様が)
 32の御歳に、南無妙法蓮華経と清澄山でお唱えあそばして、二十七年で、今の御山の、あの大御本尊様を建立なさった。
 それが、(11月の?10月か?)10月12日、その大御本尊様を我々は拝んでいるんです。
 大聖人様が、二十七年(出世の本懐)、10月12日のお認めの御本尊様が、これは立派です。拝んで御覧なさい。拝まないとわからない。あれはね、丸い人間の形になってる、こういう風に。人間の形に。そして御文字の書き方もね、普通と違うんです。だんだん片下リ。「世は二十七年」こう仰ってお認めの御本尊様が、今の奉安殿の御本尊様です。ご立派なもんですよ。あの大御本尊様を拝んだら、命も延びるとまで言われてるんです。立派な大御本尊様です。拝まにゃわからんぜ。
 ただ、今、奉安殿におまつりしてある御本尊だけはですね、本尊式といいましてね、これはご立派なものです。(日蓮大聖人様が)真心込めてお認めの御本尊様です。ですから日寛上人様も、今の奉安殿の御本尊様を、大聖人様出世の御本尊様と仰ってる。これは立派なものです。これは形式もきちーっとなっておりますよ。
 見てご覧なさい。行って。拝んでみりゃわかる。他人の話ではわからんぞ。拝んでみると、こう、こうなってる。ずーっとこう、丸形になってるんですよ。拝む時にきちっと見て拝みなさい。丸形になってる。人間の形になってる。十界本有常住、その命のあり方をあの中に示してある。馬鹿が見ればね、何を見たってわからねぇ。本気になって拝んでご覧なさい。人間の姿です。ずーっと。そういうわけだよ。
 ※創価学会は、平成26年11月8日、「弘安2年10月12日の大御本尊を受持の対象にしない」と発表した。

 8)邪宗の題目に功徳は無い (字幕有効)
質問:邪宗の題目にも功徳はあるのでしょうか?
 絶対に無い!断じてありません!邪宗の題目に功徳があるならば、ワシが信用する。何でワシが正宗以外はダメだと言うか、(功徳が)あるわけが無い!断じてありません!そんなこと言うやつはみな嘘つきだ!あるわけない!見てろ、そんなこと言う奴、ロクな死に方しないから。
 ※創価学会の題目にも功徳はありません。

 9)旺盛なる生命力を湧き出すには (字幕有効)
 この人生を悠々とやっていくためには、旺盛なる生命力がいるんだ。旺盛なる生命力がいるんです。この旺盛なる生命力は理屈では、あるいは踏ん張ってみたって出てくるものじゃない!この旺盛なる生命力!この旺盛なる生命力は、日蓮大聖人様の、一閻浮提総与の御本尊を拝まなければ絶対に有り様が無いのです。
 ※創価学会は、平成26年11月8日、
「弘安2年10月12日の大御本尊を受持の対象にしない」と発表した。

 10)命ある限り御本山へ尽くす決心! (字幕有効)
 5分でも10分でも命のある限り、この御本尊様に御奉公すると覚悟した、その気持ちが今続いて、立派な御法主様が御本山に現れた。私は、5分でも10分でも命のある限り、御本山へ尽くす決心であります。
もし、もし、四菩薩様の内の、子分の内の一人にでも、弟子の一人にでもなれれば、これはワシ生涯の幸せと思うだけで。
 ワシは四菩薩様の内では無いけれども、そういう風に心で願うております。その内の一人の弟子でもありましょうよ。お尽くし致します。命のある限り、御本山のために、この命は捨ててワシは働くつもりです!

 11)創価学会の信者などならなくていい! (字幕有効)
 質問:私は日蓮正宗の信者であって、創価学会の信者でないと思っておりますが、この考えが、違っているかどうか。

 おぅ、それでいいじゃねえか。みんな、私自身が日蓮正宗の信者だよ。「創価学会の信者」なんかあるわけねえじゃねえか。
 みんな日蓮正宗の信者だよ。何を思ったんだそれで。創価学会なんてものは、みんなに何もね、君らに信心してもらうもの何もねえよ! 我々は、日蓮正宗の信者です。会長自身が、日蓮正宗の信者ですよ。ね。日蓮正宗の信者でいいじゃねえかそれで。創価学会の信者なんかならんでもいい!・・・ま簡単なもんだこんなものは。

 12)亡くした家族と会えるかどうかは信心の感得の問題 (字幕有効)
 
 質問:この春、子供を亡くしましたが、今世においてまた親子の縁を結ぶ事が出来るでしょうか。
 それはわからん。私は、年23で『ヤスヨ』という子を亡くしました。女の子であります。抱いて寝ました、死骸を。一晩、私抱いておりました。
 冷たいもんですな、死んだ子供は。その頃、(未入信のため)まだ御本尊様を拝みま せんから、もう悲しくて、抱いて寝まして、そして別れて、今はワシは58、数えですよ。彼女がおればです、彼女だよおい、3歳でありましたから、そうとう立派な婦人と なっていることと思いますけれども、さあ、今生で会ったといえるか、いえないか……。それは信心の感得の問題だよ。
 ワシは会っておりますよ。私はその子に会っております。今生で会うというのも、来世で会うというのも、それは信心の問題でありましてね、その日は悲しかったよ僕は。冷たいその死骸をさ、一晩抱いて寝て泣きました。その時くらいワシは悲しい事は世の中のには無かったです。
 ね、死の問題は、二十何年かかりました。我が子を亡くして泣き過ぎて、妻の死ぬのも怖くて、母親の死も怖くて、自分自身の死も怖かった。それがようやく解決できたればこそ、創価の会長に戸田はなったのであります。今生で会えるか会えないか、それはワシからは言うわけにはいきません。あんた自身の感得の問題だとワシは思う。ね、会えると言うてもおかしいし、会えないと言うてもおかしいし、あんた自身の信心からくるもんだから、ワシの力に及ばぬところ、ご自分の力でおやりあそばせ。これでいいだろ。

 13)諸天善神とは 〜初座の勤行がどれだけ大切か〜 (字幕有効)
 質問:初座の、東に向かって拝む時に、何を考えて拝んだらよろしいでしょうか。
 東の方へ向いて、諸天善神に対して挨拶する時に、これは、向こうでちゃんと挨拶してる。それは、我が心の中にある諸天善神が、そのまま大宇宙に浮かぶんだよ。そして第二座に、御本尊に向かう時には、諸天善神は全部後ろに座る。こういう風に。ね、
 いかに私が今ですよ、諸天善神に挨拶すれば、夜であろうと昼であろうと、その諸天善神が、ことごとくワシの後ろにデンと座って御本尊に挨拶する。そして、私の心の願いを、その諸天善神が、みんな働きにいくんだよ。そういう風になってんだよ。それを覚えれば、あの、初座の勤めがどれほど大事かってことがわかってくるんだよ。
 ね、諸天善神、全部後ろにいるんですよ。最初はこっち(東天)向かって話す。今度御本尊に向かうとみな諸天善神が後ろにザーッと並ぶ事になってんだよ。昼だって夜だって同じなんだよ。その時に、こっちが変な事考えてると、諸天善神が「これ、インチキじゃねぇか、嘘じゃねぇか」 そうやられるんだよ。以上終わり、これでいいだろ。   ※創価学会は平成27年11月、勤行改訂で初座の【諸天供養】を削除した。






【インタビュー】
故・大橋慈譲御尊師

(質問:戸田会長という方は、宗門に対してどのようなお考えを持った方だったのですか?)
 大橋師:それは、宗門を絶対守るという考えの人ですよ。今の学会を考えて戸田さんを見てはいけないと思う。当時昭和25年のころの学会というものを見て、戸田さんを考えなければ。そうじゃなければ歴史を正しく見れないよ。ややもすると、池田と一緒にして戸田さんも悪く言われるようなことがあるけれど、そうじゃないよ。現在から過去を見るのは社会学で、過去から現在を見るのが歴史学なのだから。
(質問:でも、戸田会長の指令で、当時多くの宗門僧侶が青年部たちに吊し上げのようなことをされましたよね。)
  大橋師:そうだね、しかし戸田さんの常の考えは、「宗門僧侶は無能な僧侶では困る」と、「僧侶は一生懸命に勉強をしてもらって立派な宗門になってもらいたい」と考えていたからね。
(質問:我々若い者は、本や資料によって知る以外、昔のことは当然知りませんから、どうしても現在の学会の組織悪や膀法問題も、戸田会長の時代にその淵源があるものと理解しがちですが。)
  大橋師:歴史というのは今の時代から考えてはいけない。その当時の状態、すなわち時代背景を考えなければならない。堀日亨上人は、当時の学会や戸田さんを信頼していらっしゃったよ、今の基準で考えると「ちょっとー」と思うかもしれないけど、その当時の事実を考えないといけないからね。池田が出てから学会と御山の関係もみんな狂ってしまったんだ。だから今の考えで歴史を考えてはダメだよ。 (質問:創価学会に対する思い出や、体質などを、善悪含めたかたちでお話し願えますか。)
 戸田さんの考えはもう、宗門は絶対、法は守るとの考えでいた人だから、宗門を利用しようなんていう考えは無かったと思うよ。
 やっぱり(池田は)学会主・宗門従という考え方だな。始めはそう思っていなかったのだけれど、だんだんそういう考え方が増幅していったんだな。「俺たちが一生懸命やっても坊さんは何もしないではないか、折伏もしないし、勉強もしない。大聖人の真の弟子は俺たちの方ではないか」という増上慢な考え方をするようになったのではないかな。
 堀上人は、「お前たちしっかり勉強をしないと、学会の人達に負けるぞ」と言われていたね。まあ、堀上人の考え方では、深い信仰を持って一生懸命勉強をしていく。それが真の大聖人の弟子である、との考え方だったからね。でも池田は、本当に学会主・宗門従という考え方になってしまったね。逆に戸田さんは、「坊さんは将校で学会は兵隊だ」という考え方だったからね。「大将がしっかりしなかったら兵隊がついていけないじゃないか」と言ってね。それで、「宗門の坊さんは皆立派になってもらわなければならない」と言っていた。ほんとうにそう思っていたね。
(妙教:第116・117号)






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