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【創価三世体験】創価地獄は本当にある! 〜脱会に至るまで〜 


 
 学会が破門されて偽本尊が配布されたのが私が小学校高学年か上がる前だったと思います。小学校から私はいじめられていました。中学校でもいじめれました。小学校の面子(めんつ)がほとんど中学校に上がる状態だからです。高校でもいじめられていました。これまた中学と同じで中学の面子が高校にあがる為です。高校ではそれなりにがんばって推薦で大学に行ける事になりました。経済面で父や母に迷惑をかけましたが何とか働きながら大学に進学して勉強していました。

 今ここでは業種と内容は申し上げませんが仕事というのが重労働で、学業と仕事の両立して、なおかつ学会の信心をしなければならない。それでも(ニセ本尊に)題目をあげて「失敗しませんように」って祈るけど失敗する。段々と仕事場での信用が無くなる。それでも何とか学会活動をがんばろうとして無茶をしていた日々でした。
 そんな中、○○県の文化祭に参加することになりました。あの文化祭ということで学生部は盛り上がってしまい、無茶苦茶な日々が始まってしまうのです。文化祭の活動中は仕事と文化祭が忙しい。大変でした。一日の睡眠時間は4~5時間当たり前、栄養はお金が無い為全然取れない。銭湯にも行けない。臭いままで大学に行き嫌われる。体重は月に3キロ4キロ落ちる。更には白髪が生えてくる。眠いから仕事を失敗する。失敗するから段々と信心が足りないからといって更に無茶をする。悪循環です。仕舞いには眠たくて眠たくて仕事中の誰も居ないただのアスファルトの上が極上のベッドに見えてくる。まさに地獄の日々でした。
 それでも地獄の日々が最後になり文化祭が終了してみんながワーッと涙を流して喜んでいる最中に、私はそこに加わっているのにもかかわらず一人遠くからこの様子を見ている気分でした。心だけが遠いところで冷静に自分の体を見ているようなそんな気分をしっかりと思い出せます。
 そんな大学生活が終わってなんとかんとかいい会社に内定が決まり、社会人生活が始まりました。
最初からもうすでにだめでした。仕事を与えられてもうまくいかない。与えられてもうまくいかない。

 段々職場での信用を無くし、怒られながらもがんばるのですが上手くいかない。気分が暗くなり、更に仕事が上手くいかないという無限ループ。まさに無間地獄の状態です。

 それでもなんとかかんとか毎日唱題や活動に励んみました。なのにもかかわらず功徳が無い。なんとか欝っぽくても苦しみながらもなんとかやっているのにです。朝会社に行く前に一時間唱題をあげるんです。直後は元気なんですよ。しかし通勤はじめだすと段々と会社が怖くなる。そして行きたくなくなる。そんな日々でした。更には辛いので通勤電車のホームで「死んだら楽になるんじゃないか、飛び込めたらなぁ」とか考える。
 そんな日々を続けていくうちに異動がありまして、とある出向先で仕事をさせていただくことになりました。出向先の中で俺一人ぽつーんと別会社。そんな状況でした。仕事内容も平時は楽なんですが、山場の時は残業が山ほどあってエライ思いをしました。この頃から残業代で「時間が無いんだったらお金で遊んじゃえ」と思うようになっていきました。これが後の借金の原因になっていきます。ですが、この出向先でもヘマをやらかして異動することになってしまいました。今思えばこの頃からうつ病になり始めていました。
 仕事を異動する為に整理、引継ぎしなくてなりませんから月に何十時間も残業をすることになります。寝ても冷めても仕事でたまの土日は学会活動。更にはストレスがたまって残業代を全部遊興費に使ってしまう。仕舞いにはカードに手を出し始めます。そんな地獄の生活ですがまだこれは地獄の序章でした。
 引継ぎを終えるとまた別の出向先へ行く事になりました。最初は普通に仕事をしていたのですが、仕事の納入に当たりトラブルが続出し始めます。毎日毎日、何かしらトラブルが起こる。それも異常なほど一週間から三日トラブルが無かったら良い方でした。

 毎日毎日駆けずり回っているのにもかかわらず一向にトラブルが減らない。更には毎日トラブルが無い様に祈っているにも関わらずバシバシトラブルが起こる。それで段々とうつ病がいよいよ激しくなって仕事ができなくなり仕事から逃げたくなっていきました。
 あんまりに辛いので何か精神異常が自分にあるのかと思い、心療内科へ行きました。
 最初の医者は藪でどうしようもありませんでしたが、二回目に行った医者が話の分かる人でした。そのお医者が「あなたは非常に危険な状態ですからすぐに投薬治療しましょう」と言われました。当時は「あーそうなのかー」ぐらいにしか思ってませんが無茶苦茶大変な状態でした。なんせ「死にたい死にたい」と思っている人間が毎日毎日、地下鉄のホームで電車を待っているんです。そりゃ魔縁に言わせれば「飛び込んでコーイ。バッチコーイ。」って状態です。

 ともかく治療を始めました。
 まぁ薬は医学の力なので効きます。そりゃ普通に効きます。お薬を何種類かもらって投薬治療しました。その中に今は禁じられ非合法になった(当時は合法です)お薬もありました。まぁ非合法になるくらいですから相当強い薬なんで効くんです。それほどやばい状態だと医者が認めたということですが。
 それで治療の最初は薬でアッパー状態になって仕事も活動もガーーッとやり始めました。けれども薬でイカレてる状態で仕事が上手くいくはずも無く。アッパー状態にもかかわらず、興奮してがんばろうという気概に溢れているにもかかわらず、仕事が上手くいかないのです。薬を増やしたりしても仕事が上手くいかないので、余計欝になってしまったりして益々苦しみ始めました。そして欝を紛らわすために遊興に使う借金が増え始めました。

 カードローンに最初にハマって、消費者金融にハマって行ってしまいました。
この頃になると完全に地獄の相で薬を飲んでいても、毎日「死にたい死にたい」と思うばかりです。
本当に恐ろしいことですが、この頃は死んだ人や自殺できる人が羨ましいとまで感じるようになっていました。一時、当て付けで仕事で使っているLANケーブルで首をくくってやろうかと思うこともありました。
 またこの頃、叔母のガンが発覚しました。危険度の高いガンで再発確立が非常に高いとのことでした。
その時叔母は「日顕が悪いんだよ!一凶を禁じないと」とか言っているのを見てそこまで酷いのか?何でそうなのかなぁと不思議に思ったことを覚えています。
 この前後に創価班に入ることになりました。
大変だとは思いましたが幸福になれるなら「真の池田門下になるならば創価班しかない」と、言われてやるようになりました。創価大学校という所で一年やりましたが成果がでませんでした。これは私だけではなく、他のみんなもそうでした。大学校全体で少しは成果(入会)が出たのですが。大体全体的に成果が上がっていないようでした。
 大学校を終わって創価班になり、創価班の活動をし始めました。その中で創価班の人で命にかかわる病気になっているのにもかかわらず「唱題して治った。」とか言って検査を拒んでたりする人が居たのを覚えています。他にはこの頃の出来事でこんなことを覚えています。
 池田大作氏が同時中継で「ノーベル賞なんてもらわなくていいんです!」と力説していました。他の人はともかく、私にはどうしても「あれ?先生はノーベル賞欲しいの?強がり?」としか思えませんでした。

 この時から池田大作氏が世間の名誉に殊更こだわる人だと見えはじめて不信の一因になったことを覚えています。うつ病が発覚して仕事や病気の事で幹部に指導を受けたりもしました。
当然のことながら世間の一般常識的な内容の指導や言葉だけの指導で問題は解決しませんでした。  そしていよいよにっちもさっちも行かなくなったときに自分でうつ病のサイトを見て、うつ病なら会社を休むことができるようだと知りました。医者に聞いてみると「そんなに辛いなら休んだほうがいいよ。」と言われて休むことにしました。
 そのときはもう本当に死にそうでヘロヘロで一刻も早く仕事から逃げ出したくて後任者をつけてもらって仕事を一旦休むことになりました。どのくらいの症状が出たのかと申しますと、通勤すると呼吸が異常に荒くなる。動悸も半端じゃなく起こる。トラブルが起きるたびに不整脈も自分がびっくりするぐらい「ドクンッドクンッ」と起きる。夜眠れない。何で眠れないかというと翌日の作業や仕事でトラブルが起きないか心配で寝れない。夜寝れないから仕事中に朦朧としウトウトする。それで信用を無くし、失敗してしまう。その悪循環でした。更にはストレスを癒すため遊興にふけるようになる。もう借金まみれです。

 ともかく仕事を休んで治療に専念するようになりました。仕事を休みはじめて男子部に仕事を休んでいることを伝えると「仕事を休んでいるんだったら学会活動できるよね?」といわれました。この時、本当に嫌気がさして「死にそうになって治療している奴に活動誘うなよ」と心底思ったりしました。半年して復職しましたが、その後の仕事も結果をみるとやはり上手くいきませんでした。
 復職して引越しをし仕事をし始めました。当然上手くいきません。やがてやる気が無くなり仕事を休みがちになり段々と信用を無くしていきました。その頃、親父がガンで倒れました。病名の詳細は伏せますが治療回復の見込みが薄いガンでした。更にはこの頃、叔母のガンが再発したことを知りました。
 私は父が大好きでした。創価学会的に考えれば「池田先生の次ぐらいに親父を尊敬しています。」と真顔で言えるぐらいでした。本当にこの父の子に生まれよかったと思える父でした。父は私が大学に入る前後からアルコール中毒になり暴力を振るったりするようになりましたがその後数年してアルコールをやめて普通に生活できるようになりました。それでも父が大好きでした。その父が目の前から奪われる苦しみ、死んでしまう悲しみはがどれだけ言語を尽くしても書けません。私には無理です。
ベッドの上で、汚い部屋でのたうち回りながら獣のように慟哭しながら泣きました。

 「何でだ。」それだけでした。
 俺がいじめられて、仕事で苦しんで欝になって借金まみれになっても何とか生きていられたのは父や母や家族が、ともかく父が悲しむ。だから死ねない。その事が大きな力になっていました。なんでその父を俺から奪う真似をご本尊様は日蓮大聖人様はなさるのか。
それがどうしようもなく呪わしかったです。それまでにも色々疑問や否定する心はありましたがこれほど創価学会というものが信じられなくなったことはありませんでした。親父がガンにかかったことを男子部に言いました。

 即座に幹部指導の為、会館へ向かいました。
すると話を聞いた男子部幹部が「絶対治る。」と言い切るのです。
私はこう答えました。
「学会の信心でガンが絶対治るのならガンの治療法なんていらないじゃないですか。おかしいでしょ」と すると
「治らないかもしれないけど良いほうに行く」
といいます。私は答えました。
「じゃあ絶対治ると言ったのは嘘か。おかしいでしょう。」とその後も色々話をしたのですが、矛盾や道理的におかしいことを多々言ってきたのでおかしいおかしいと反論していました。
その中で、何の発言で私にそう言ったのは覚えていませんが、私のある答えにその男子部幹部はこう怒鳴りました。「知ったことか!!」私の中で急に何かが冷めていくのを感じました。
「所詮は他人事なんですね。」
と私は答えました。すると幹部が急にシューンとなり言葉が優しくなりました。
その後もぐちゃぐちゃと話していましたが帰る時になって一人で会館の玄関のベンチに座っている時に滂沱と涙が出てきました。ベンチで一人で号泣しました。声無くタダ涙が溢れて止まりませんでした。確かに父の死は悲しかったですが、それも含めて男子部の幹部の言葉、学会の無慈悲さ無責任さそんな全てをない交ぜにした涙でした。今思えばあの時が創価学会との決別する為の涙だったのかと思います。

 それから学会活動をしなくなり、
会社で仕事をしているのも辛くなりある日、ずる休みのような形で休んだきっかけで会社をまた休むことになりました。それから部屋に引きこもりインターネットと知り合った友達と遊んだりゲームばかりしていました。学会の地区の人達が「お父さんの事を祈るよ」といってくれました。その時、私はもはやあの仏壇を拝み、題目を唱えることができなくなっていました。藁にもすがる思いで「よろしくお願いします」と言ったこともあります。
 その中で父が死にました。実家に帰って学会の友人葬で葬式をあげました。
葬式の中で
「日蓮大聖人が先に無くなったら地獄の閻魔に立派な法華経の行者が来るからって言っておくから」 という御文を幹部が言うのを聞いて涙がでました。葬式の中ではそれまでこらえていた涙が溢れてきました。 その時の想いは
「池田先生じゃなくて学会幹部じゃなくて誰でもなくて他ならぬ、日蓮大聖人様ならきっと父の事を救ってくださる。絶対に間違いが無い」
と思えて仕方なくて嬉しくて安堵で涙が出てきました。葬式が終わって自分の家に帰ってきてからも父が居ない寂しさにのた打ち回る時がありました。その悔しさ、寂しさ、呪わしさからもう完全に学会のご本尊を信じれなくなりました。その後直ぐに叔母が亡くなりました。もう学会の葬式に行きたくなく、行きませんでした。

 そんな生活を続ける上で借金がどうしようもならなくなり、もう自己破産するしかないと思って弁護士を頼り自己破産しました。一つ肩の荷をが降りた事を覚えています。今思えば学会から決別して拝まなくなったので大聖人様や信心を全うして亡くなった祖父が働きかけてくださったのかもしれません。その後も生活苦で母から援助してもらう時もあり、苦しい思いをしながら生活していました。

 あのニセご本尊を巻いたきっかけは今思い出すと思い出せません。
ふと何か腹を立ててあの本尊を巻いてやると思って巻いて仏壇の中に仕舞いました。

 そしてそれから数ヶ月してつい先日YouTubeの樋田さんの動画を見て脳天に突き刺さる法理的に全く正しいお話を聞きました。またあの偽本尊がという事を知り、即座にメールしてわざわざ長野から来ていただき、今日に至りました。
 そして今この原稿を書いている前日に正法正義の日蓮正宗のご本尊様を御安置し本当に数年ぶりに夕の勤行をさせていただきました。
 YouTubeで樋田さんの動画を見たときの興奮は忘れられません。
たくさんの動画があるので夜十時頃見始めたのに結局朝までずっと見ていました。完膚なきまでに一片の曇りもなく創価学会を破折仕切ったその姿勢。今まで疑問だった事氷解。言葉を尽くせません。

 また、いつの間にか学会の本尊が訳の分からないものになっていた事実。あまつさえご本尊様のお字を消したり太くしたりして配ったこと。どれもが大聖人の御文に背き、戸田先生の言葉を踏みつけにする事実。 動画を見て直ぐに大謗法を犯している事は私の欝に掛かった頭でも理解することができました。
 それが分かったとたんです、本当にその直後なんです。
 頭がスーッと晴れて行きました。
 あれ?なんだこんな邪教を俺はやっていたからこんな目にあったんだと心から納得できたのです。いじめ、仕事での苦労、経済苦、父や叔母の死、そして創価学会への長年の鬱積しまくった疑問、疑い。それが一気に消えていきました。当たり前の話です。大謗法の偽ご本尊を拝んでいたら大聖人もそれは功徳を与えてくれる訳が無いのですから。
 後は簡単でした。
 大謗法をしてしまったとは言え、正しき日蓮正宗に入れていただき前非を心から悔いて題目を唱えれば たとえ大謗法の罪により今、この瞬間死んでしまったとしても何億塵点劫かけて地獄で苦しみながらもお詫びをすれば恐れ多くも大謗法の罪をお許しいただける訳です。霊山で戸田先生や牧口先生に叱られながらも最後はお許しいただけるわけです。もしありがたいことに大聖人のお計らいで死ぬような業が出なければ今世で罪障消滅ができるわけです。
「あ、これでいいや。一度は死のうと思った身だし。」 と本当に思えました。久しぶりににっこり笑うことができました。自分で言うのもなんですがこれから思い続けられるかどうかは分かりません。そう思い続けられるように信心に励んで参ります。

 これで私の体験は終わりです。
読んで頂き、皆さんの信心に益する事ができれば良いと思っております。また、現在創価学会で悩みや苦しみを抱えている方につきましては私の拙文をお読みいただき発心して日蓮正宗に帰伏し罪障消滅して幸せになっていただければ無上の喜びでございます。
以上


「蘇生の扉」管理者


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