---SKD創価学会・顕正会脱会ネットワーク---   

 



 24)広宣流布は「時を待つべきのみ」 (字幕有効)
 戦国時代のあの大乱は、日本民衆に対して非常に困らせたんですよ。それは、歴然とした事でしょ。だから大石寺はですね。
 ただ法を守る一方で良かったんです。法を伝えるなんて夢にもできなかったんです。一生懸命に大聖人様の大法を護るだけで精一杯。今度は、そうはできません。
 今度は、そうはできない。700年、時が来ましたから、「時を待つべきのみ」という大聖人の教えがありましてね、時を待たなければいけない。時が来なければ広宣流布はできない、「時を待つべきのみ」という御言葉に対して御山(大石寺)は時を待っとたんです。その時が今来たんです。
 やっと今来た。本当に時を待ってたんですよ。「時を待つべきのみ、事の戒法と謂ふは是なり」事実の戒壇、戒壇の建つのが、これが本当の法、時を待つというのが法である。時が必ず来るぞと、その時に巡り会わせたんだからこっちは運がいいんですよ。

 25)富士大石寺の御本尊にしか功徳はない! (字幕有効)
   これは、御本尊のことを縷々ご説明下さっている「観心本尊抄」という御抄の中に、「此の五字を受持すれば」この五字とは、御曼荼羅のことであります。御本尊のことであります。
 受持すれば「釈尊の因行果徳の二法譲り与へたまふ。」という約束がある。

 ↑日蓮正宗 総本山 大石寺
 この御言葉が、私が申し上げた言葉なのであります。ただ、この御本尊は富士大石寺にしかないのです!ですから、他の寺(創価学会も含む)でなんて、どんなにうまいこと言うても、どんなことを言うても絶対に富士大石寺の御本尊しか、功徳がないということは、この御抄において明らなんです。
 ですから、あなた方がこの御本尊を受持して、ちゃんと信心を立派にしまして、折伏を行じておれば、必ず!必ず幸せになることを私は誓っておく!
 ※創価学会は、平成26年11月8日、
「弘安2年10月12日の大御本尊を受持の対象にしない」と発表した。

 26)信心ある者は威張らない (字幕有効)
 真実の者ならならありのままでいいですよ、ありのままで。どうだろうか、地区部長辺りが(ここに地区部長いないからいいけどさ)、出来の悪い奴ほど威張ってやがるでしょ。
 本当に信心が至って、教学も真面目な研究する人であったならですね、威張らない。そうでしょ、あんた方が見てどうだい、威張る奴は、やめれやめれ、「教弥よ実なれば位弥よ下れり」(四信五品抄)って、そう言って教えてやってくれよ。
 ※池田大作発言「学会っ子は名前もいらない、金もいらない、身体もいらない、奴隷のように学会につかえよ」
 (昭和46年7月8日 社長会記録)

 27)役職者の機嫌を取る行為は、大変な間違い (字幕有効)
 ところがね、この頃やかましく言ってやらねばならんと思う事があるんですがね、信心したてにね、地区部長などのね、あるいは支部長の機嫌をとるような奴は、(四信五品のうちの)第五品を、初品の位でやってるんだからね、功徳が少ない。自らが地区部長が謗法おかしてるということになりますよ。
 初信の者に、信心したての者に、あるいは少しばかりしかしない者に、自分の機嫌をとらせる、そうじゃないですか、また、班長や地区部長位の階級で、初信の者に物持たせたり、自分の家を掃除させたり、私事のための手伝いさせたり、そういうことはもってのほかです!やってるのいるんじゃねぇか?この中に。どうだ?そういうことは大変な間違いですぜ。
 私は会長ですけども、人がお辞儀したりするのはこれは仕方ないからするけれども、鶴見の、なんだ、鶴見の幹事だ。副支部長待遇で威張ってるんだけれども、この人のおかみさんが千葉へ行ってきて、魚一匹もらってきた。その魚、僕の所へ持ってきた。それから僕、夜中だったけれど家内に持たせて返した。そういう風にして学会は育てたし、育ってきたもんなんですからね。
 ※池田大作発言「私が教わったのは帝王学だ。 私は最高権力者になる。 」『現代』 昭和45年7月号

 28)会長は決して偉くない、普通の人間です (字幕有効)
 (会長は)普通の人間であるということですよ!普通の人間であるということ!それだけのことですよ。ただ、私が皆様から違えば、信心があんた方より熱心だってくらいのもんだ。他に違うこと何もありません。だから、偉い人なんて探したっていないんだから、そのつもりでやってくれよ。それで安心しただろ。
 ※創価学会は、池田大作を、
「末法第二の法華経の行者(仏)」と称する妄説をとなえている。

 29)仏様は大聖人はただお一人!会長が偉いのではない。 (字幕有効)
   昨日、一昨日もこの公会堂へ集まった方はワシの言うこと聞いて下さったと思うけれども、会長なんていうと、私の事ですよ会長って、偉い人だと思うてる。偉いわけがないじゃないか!君らと同じに質屋に通った覚えが僕にはあるんだよ。この中で質屋に通わない人があったら、よっぽど運勢の良い方だぞおい、喜ぶな。

 手形の不渡りなんてさせたら僕は名人だったんだから。そんな人間がだ、かくも幸せになったということは御本尊様のお陰でしょうから。そう言う事をやってこなければ会長になれない。会長だって言ったってさ、生き仏様だとかさ、生き如来様だとかさ、教主様だとか僕の事馬鹿にしてやがるんだよ。
 君らもね、地区部長になったり班長になったり組長になっても偉そうな顔しちゃダメだ。大聖人が、今(現代に)生まれて来なければ、大聖人の仏法が出来ないようなね、変な仏法作っちゃあきませんよ。日蓮大聖人という御名前の御方はただ一人!ただ一人日本の国にお生まれあそばした。我々に御本尊様を下して、さぁこの御本尊様拝め!この御本尊様拝んだら必ず幸せになる!こう断言なさった。だから我々そのとおりやってる。
 そのやり方を教える、吾輩は先生なんです。僕が偉いんじゃない!御本尊拝め!これだけです。信仰したから立派な人間にならなきゃならない、そんなバカなことあるもんかい。凡夫ですよみな凡夫。昨日も質問にありましたが、南無妙法蓮華経、即ち成仏の境涯はどうだ?って言う。それは、行儀が良いとか悪いとか、あるいはその、信仰者、いや、信仰したから泥棒していいってわけじゃないですよ。これは聞き違えちゃだめですよ。
 また、詐欺やっていいってわけじゃないですよ。絶対いけませんよ、そんなこと。決して偉そうになるんじゃないんです。立派な凡夫になればいいんです。
 ※創価学会は、池田大作を「末法第二の法華経の行者(仏)」と称する邪説をとなえている。
 ※更に創価学会は、平成28年11月、「創価学会仏が出現」という邪説を発表した。
 ※池田大作発言「学会っ子は名前もいらない、金もいらない、身体もいらない、奴隷のように学会につかえよ。」
 (昭和46年7月8日 社長会記録)

 30)創価学会は、法華講の中の一部である (字幕有効)
 創価学会というのは日蓮正宗の中の一部の会でありまして、日蓮正宗には、ご承知のように法華講とか何々講とかあるうちの一つ、その内の創価学会であります。ただ、古いご信者と違うところはですね、古い信者がたは、「いつか広宣流布ができるだろう」と、こう思ってるのと、創価学会は「広宣流布をする」って言う、
 ちょっとそこが違うんですね。それだけの相違なんですよ。古い信者は「いつかできるだろう」と呑気にしてますけれど、我々はすぐやらなきゃならんと思うから忙しいだけです。ですから、広宣流布という事は私らの使命だと思うてるのですが。

 31)弘安2年の大御本尊は〝至極の御本尊〟 (字幕有効)
   もう、弘安になりますと、弘安のこの御本尊は、至極の御本尊と申しましてね、もう、大御本尊、御山の大御本尊様は最高唯一、最高の御本尊になりますが、それまでの、文永・建治の御本尊様にはまだ迹味を 、迹門の味を帯びているとまで言われてるんです。

 ↑現在の奉安堂
 弘安になってきまして、本当の御本尊様が出現になってきますからして、今度御手紙も非常に変わってきてます。
 「開目抄」「観心本尊抄」です。これで、「開目抄」というのは、〝人本尊〟の開顕です。私(日蓮大聖人)は仏だと仰る。断然と仰ってる。
 「観心本尊抄」というのは、御本尊論。〝法本尊〟を顕してる。しかもこの本尊を拝むならば、この前も講義したように、この法門、御本尊を拝むならば、今まで持ってなかった、仏になるところの因行と、仏になる果徳とを、直ちに与える。こういう強い御法門です。この法門二つが、日蓮正宗の、大聖人様の御精神です。
 ※創価学会は、平成26年11月8日、「弘安2年10月12日の大御本尊を受持の対象にしない」と発表した。

 32)お寺を護る精神は、本傳寺 法華講・総代3人を見習いなさい! (字幕有効)
   学会が全日本に、寺を建てようとする事は、最初からのこれは規定方針。ただ、私が、以前に大阪へ行きました。
 大阪の本傳寺、(本傳寺だね?あれは)に行った、その時の感想を一言申し上げる。 総代3人(法華講:高木氏、八田氏、岩井氏)、焼けた寺の跡を建てるために、実に苦心をなさってお建てになった。私はそのときに、その3人のご総代を、拝みましたよ。
こんな(軽井沢・妙照寺のような)立派な寺ではありませんよ。この3分の1も無いようなお寺を建てられる。3人(総代)が、本当のご苦心をして建てられた。
 あぁ御立派なものだ。まだ日蓮正宗の信心は絶えておらん!その翌年、高野尊師(常法院日海上人)が、都合上、もう一部屋建てますことを、私にお話し下さいました。私は嬉しくてたまらなかった。建てたくて建てたくて。しかし、私には建てる力が無い。
 力というのは金ではありませんよ。その本傳寺のご3人の、このご総代の真心に対して、私が出しゃばって建てるわけにはいかないのです。そこでご総代3人にお出ましを願って、「戸田が何とかいたしますが、皆さんいかがでございましょうか、お願い致しますと」と言い手をついて頼んだ時に、そのご総代の態度のご立派なこと。
 「いりません。まだこの寺を建てた時の借金が残ってる。それを我々の手で払ってから、しかる後に改めてお願いいたしましょう」とと一言、言われました時に、またまた私は頭を下げた。寺を保つということは、これくらいご立派でなければならんと私は思うのです。
 軽井沢へ、軽々と寺を建てたからと思って、この寺を粗末にするようなことでは相成らんと私は、この本傳寺のご立派な3人の総代を手本とし、あんた方に言いつけるが「守れるか!」(学会員「やります!」「守ります!」)
 (昭和29年11月・軽井沢妙照寺落慶式)






【戸田先生の思い出】
故・常健院日勇上人
聞き手:故・龍年光氏





常健院:昭和31年の8月10日、岡山の妙霑寺の入仏式がございましてね、私が内事部の理事で、堀米日淳上人税下のお供で、宗務院の随行は亡くなりました大東院の柿沼さん。
龍:あ、妙光寺の。
常健院:たしか庶務部長だったと思います。あの日は、大変暑い日で、37度位あって、汗だくになりました。ハ畳間に堀米猊下と柿沼さんと私がおりまして、戸田先生もお見えになりまして、そのほかに僧侶もかなりいらしたですよ。いまの能化になっている秋山さん、それから本行寺の高野さん、埼玉の妙本寺の田中教導さんとか、それと讃岐の本門寺の関係の坊さんも何人かいらしてまして。
それで、その席でですね、私もだいぶ昔のことですから詳しいことは忘れましたが、ただ猊下の前で、(戸田会長が)「もし学会がですね、やがて大きくなって、宗門に圧力を加えたり、内政干渉をするようなことがあったら、いつでも解散を命じてください。ということを仰ったのです。」
龍:そうでしたか。
常健院:はい、そういうことを戸田先生が亡くなった後で、私は学会の幹部の方に申し上げたことがございます。雪山坊で、あの妙信講(現:顕正会)の問題がありまして、で、その時に、亡くなった北条さん、森田さん、その他秋谷さんかと思うんです。何か妙信講は内政干渉をしている、というような話から、「(常健院)先生、あの・・・学会は内政干渉をした、というようなことがございますか」というようなことを、たしか北条さんか、だれかから言われましてね、(私は)「いやそんなことはないでしょう、とにかく学会はですね、戸田先生もこういう事を仰っていた」と。
 妙霑寺の人仏式でですね、「もし学会が犬きくなって、宗門に対して、内政干渉とか、あるいは圧力を加える、というようなことがありましたら、いつでも解散を命じてください、というようなことを戸田先が仰っているんだから、学会はそんなことをする訳がないですな。」と私は意図的に申し上げた訳ですけどね。
龍:はあ、意図的にね・・・。
常健院:だから、そりゃまあ、あの聞いた方はおそらく覚えていると思いますけども。
龍:はあ、じゃあ今の森田、秋谷は聞いているはずですね。
常健院:はい、聞いています。
龍:戸田先生は、お正月の登山をされると、所化さんに全部お衣を新調して差し上げて、この中から必ず、次の猊下がお出ましになるんだ、ということで毎年やっておられたのを私は覚えておりますけどね。
常健院:いや、毎月ですよ。あのお正月は特にそういう風にしていただきましたけれど、その他に毎月ね、登出会のときにね、登山してくる方にね、何でもいいから一品づつ持ってきなさい、というようなことで、お菓子なんかも、あるいは下着とかパンツとか、毎月くださっていたんですよ。それで、正月なんかは大変にいただいたんです。で、私どももあんまり沢山いただくんで、「(戸田)先生、あんまり沢山いただくと、かえって子供らが物を粗末にしていけないから、もう、ほどほどにしてください。」なんて言ったくらいでしたから
龍:そうですか、そうですかねえ、そういう風にして、戸田先生は私達に本当に信 心の在り方を敦えて下さっていたんですね
(文庫・有徳王:P84〜86)







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